第96話 姿の見えない者

旗艦、すなわち、司令室の設置された車両の中は、今にも弾けそうなほどの緊張に満ちていた。


200名の先行隊が、全滅。

そして、大砲5門を敵に奪われた。

まるで、第1派遣隊の全滅を繰り返そうとするような大損害に、誰もが茫然自失となっていた。


「・・・何故だ?」


報告を受ける連隊司令官の声も、さすがに隠しきれない動揺に強張っていた。

しかし、優秀な司令官ではあった。

かれの驚愕は、敗戦の結果ではなく原因、こちらの作戦を、完全に相手に読まれていた事実に向けられていた。


「奴らはどうやって知ったんだ?

このルートを、昨晩、我々が通ると?」


時を遡ること17時間、彼は同じこの部屋で、各中隊長たちに作戦の説明を行っていた。


長距離射程の榴弾砲をピスガ山6合目付近に設置し、夜明けと共に、山頂の敵本拠地を直接、重点砲撃する。

地上部隊は、落石の恐れのない尾根上を集中陣形で進み、敵の防衛網を突破、一気に敵本拠地を制圧する、という計画だった。


決してエレガントな作戦ではなく、それなりの死傷者が出ることも予想された。

それも覚悟の上で、閉塞した現状を打ち破らなければ、部隊全体の士気が下がりかねない、危機的な状況にあった。


損失を別の所得で補償可能な経済とは違い、要員の生命を資本に運営される軍隊という活動は、一旦緊張が途切れれば、即組織の崩壊に繋がりかねない危険を、常に孕んでいるのだ。


6人の中隊長のうち、一人だけが反対した。

今一つ不明瞭な理由だった。


「連中を、華々しく戦死させるべきではありません。

世界帝国タマリスクの軍と互角に戦い、壮絶な最期を遂げた、そんな伝説を与えるべきではありません。

もっと惨めで無様に死なせるべきです。

ただ包囲を継続し、給餌を失った犬か猫のように、野垂れ死にさせるべきなのです。」


冷静で物静かな、戦闘では恐ろしく頼りになるという評判の少佐の、らしからぬ慎重論だった。

しかし、司令官が説得にかかると、あっさりと引き下がった。


作戦通り午前零時を待って、先行の砲兵隊と、護衛の重装歩兵合わせて約200名が、静かに山を登っていった。

予定では、その4時間後に、本隊の頂上攻略隊が出発するはずだった。



「奪われた砲を、敵に利用される可能性は?」


司令官は別の質問を、戦略顧問に投げ掛けた。


「それは、考えられません。

こういう状況を考慮して、あの砲の開閉器には、特殊な施錠がされており、中隊長以上の方がお持ちの鍵がなければ、解錠できません。

今回、6合目陣地を確保してから第3中隊長にお越し頂く予定でしたので。。。」


司令官は顧問が言い終える前に気が済んで、最初の疑問に戻った。


「どうやって、連中は知った?」


「まったくの不運で、、我々が敵の真ん中に飛び込んでしまった可能性も考えられます。

或いは、考えたくない可能性ですが、内通者がいたのか。。」


戦略顧問が体面を保とうと、半ば思い付きの意見を述べた。

司令官は即座に否定した。


「あり得ん、どちらとも。

事前に分かっていなければ、あの罠は張れない。

内通者と言ってもだな、連中がどうやって、こちらにスパイを送り込むんだ?

第一、今回の作戦は、今ここにいる諸君にしか、知らされていないのだぞ?」


ここで、司令官はある恐ろしい考えに行き着き、会議卓を囲む面々を見回した。

先行隊に同行して死亡した2名の砲兵士官の他に、一人、姿の見えない者がいる。


「ラークスパー少佐はどこへいった?

昨夕の作戦会議から、、」


司令官は最後まで言い終えることが出来なかった。


旗艦の出入口を警護する兵士は、直前、ピスガ・ジェベルから轟く砲声を聞いた。

次の瞬間、旗艦の機甲車両はぺしゃんこにつぶれ、空中に躍り上がった。

そしてその下の地面から、爆炎とともに大量の土砂と木片の津波が流れだし、周囲の一切を押し流した。

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