第94話 照明弾(2)
曳光弾が右顎の下あたりに命中し、若い兵士は絶叫を上げた。
突き破られた喉に血が噴き出して呼吸を塞ぎ、沸騰するかのような、ごぼごぼという音を出した。
肉に食い込んだ弾丸の推薬はなおも燃え続け、しゅうしゅうと激しい火花を散らす。
飛び散る血と閃光、肉の焦げる臭いでパニックになった兵士たちの真ん中で、信号弾は炸裂した。
俯角を狙うウィスタリアの射手からは、暗闇の中を水平に飛んだ流星が、山肌にぶつかって爆発し、まばゆい火球を生んだように見えた。
突如出現した小天体を中心に、闇に潜んでいた敵の影が、車輪の
六連式の機関銃に、初弾が装填されるガチャガチャという音が走った。
ピスガ・ジェベルが裂けるかと思うような轟音が鳴り渡った。
3門合わせて秒間40射という弾丸の雨が、信号弾に照らし出された明るい輪の中に降り注ぎ、林立する黒い影は、
射手の視野は、あっという間に発砲炎の残像でいっぱいになった。
2発目の照明弾が、さっきとは逆方向から飛んできて、別の場所で発光した。
1弾目の時よりも大勢の人間と、ロバに引かせた大きな細長いものがいくつも現れた。
射手が交代し、再び銃口の束が回りはじめた。
強力な弾丸は防弾鎧衣も紙のように切り裂いて、人影が砕け散り、ロバが崩れ落ちる。
が、黒々とした積み荷に当たった銃弾は跳ね返され、無数の黄色い火花を散らした。
残り少なかった機関銃の弾丸はあっという間に尽きて、応射に備えて射手は岩陰に身を伏せた。
実際はその必要もないほどだった。
相当の発砲炎だったはずだが、ウィスタリア側の作戦通り、間近で何千ルクスの閃光をまともに見た兵士たちは盲目同然で、そうでなくても、味方があっという間に殲滅されてゆく光景を前に、弾道を追うような冷静さを持ち合わせた者はほとんどいなかった。
2発の照明弾が射撃対象を顕していたのは、それぞれ10秒そこらの時間だったろう。
それでも、周囲が再び闇に沈んだとき、200名の部隊の、半数近い兵士が即死ないし致命傷を負っていた。
隊列は総崩れとなり、我先にと斜面を駆け下った。
その背後で2発の照明弾が、長い光の尾を曳いた。
今度は彼らを狙ったものではなく、上空で発光した燃焼体の光は、照明としては頼りなく、地上の大混乱をごくぼんやりと照らし出した。
それでも、遁走する兵士達の前方、岩陰や藪の中でじっと息を潜めていたウィスタリア人には十分だった。
数十の銃口が狙いを定め、標的がまっすぐに走ってくるのを待っていた。
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