第92話 彼岸の海の潮目

3人の使者を送り出したウィスタリア人の心は、嘆願書の勇ましい文面とは裏腹に重苦しく、一方で長期戦の苛立ちは、敵も同じはずだった。


ここ数日、攻防線は山の中腹を行ったりきたりする膠着こうちゃくが続き、

はじめは非常に慎重だった敵の兵士も、無謀な突撃を挑んで玉砕する者が目立って増えてきた。


そろそろ、敵も大きな勝負に打って出る頃だ。

追い詰められたウィスタリア人がもし起死回生のチャンスを掴むとしたら、その時にこそ懸かっている。




そのチャンスはまるで思いがけなく、向こうから歩いてウィスタリア人のところへやってきた。


彼らの命運を託した手紙がピスガ・ジェベルを出発して2日、33日目の夕刻、緊急の指導者会議が開かれた。

その場で、「つい今しがた入手した」タマリスク軍の機密情報が発表され、一同に緊張と、久しく絶えていた類いの興奮が走った。

それは、ウィスタリア人の運命を一気に奈落へと導く破滅の一撃であると同時に、彼らが待ち望んでいた、生を死へと運ぶ流れの潮目でもあった。



誰もが口角泡してまとまらない議論を、ウェルウィチアがまとめ上げ、作戦に組み立てていった。


作戦決行地点は五合目、樹木のない、幅広い谷筋と決まった。

作戦の要となる、3門の重機関銃の移動が手配され、作戦に参加する男たちに、自動小銃が、今回で2度目となる、全自動連射の許可と共に配られた。


その他、必要な物資、諸々の準備が進められ、実行に移ってからも細かな改善提案が出されては取り入れられ、作戦は非常に高度で、繊細なものに練り上げられていった。


日没から数時間、全ての準備が整い、ピスガ山はいつにない、静寂の闇に包まれた。

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