第89話 膠着戦

太陽が荒れ地の起伏を離れて数時間、ピスガ山東麓はまだ穏やかな光に包まれている。


山の3合目辺りの尾根に白い爆煙が並び、しばらく置いて遠雷のような音が、山頂の、固唾を飲んで見守るウィスタリア人の所まで響いてきた。

開戦から、砲撃は断続的に続き、次第に着弾点を山の上方へと移していた。


これほどの重武装でありながら、タマリスク兵は実に慎重な、手堅い戦闘を展開していた。

ウィスタリア側からの攻撃を受けると、防御陣を堅持しつつ冷静に相手の位置を確かめ、後は麓から引いた電話で、車載砲による砲撃を依頼すれば良かった。

そういう安全策の取れる場所では、彼らは決して自分達を危険に晒して深追いしようとはせず、

攻撃側のウィスタリア人は、応戦の手がかりも掴めないまま、後退を余儀なくされていた。


4合目付近に到り、車載砲の有効射程を外れた所でようやく、ウィスタリア側の反撃が始まった。



緒戦での経験と、強力な武器を獲得した武装ウィスタリア人は、タマリスク精鋭軍にとっても決してたやすい相手ではなく、両者の勢力はほぼ互角だった。


重装戦闘部隊の強みとする榴弾砲、機関銃等の中重火器類は、このような戦闘では本来の威力を発揮せず、敵を遠ざけておく効果が期待できる程度だった。


一方、ウィスタリア人はタマリスク軍の火線をかいくぐって銃撃を仕掛け、岩を転がり落として相手を苦しめた。

もはや、緒戦のような危険な戦いではなかった。


それでも依然、ウィスタリア人の旗色が悪いことに変わりはなかった。

味方の死傷者はあまり出ていないが、同様に、敵にも大した損害を与えられず、レジスタンスの生命線である弾丸を敵の死体から回収できていない。

一方、弾丸の消費は積み上がる一方だった。


鋼鉄の楯と、防弾鎧衣で身を覆った屈強な兵士も無敵ではなく、防壁に覆われていない、特に顔面や脇に命中させれば、当然致命傷を与えることが出来る。

しかし、ほとんどのウィスタリア人に、そんな高度な射撃は不可能だった。

5、6発狙い撃ちしても、ことごとく防弾楯にはじかれ、まるで損傷を与えられない、といったことばかりだった。


苛立って、自動小銃よりも旧式のライフルのほうがまだましだ、と武器に当たる者もいた。

実際、旧式ライフルだと、敵の防弾面に直角に当たれば、五分五分の割合で装甲を貫通するのに対し、個々の弾丸の威力を犠牲にして連射性能を高めた自動小銃ではそのようなことは期待できない。

弾丸の節約のため、緊急時を除き、全自動設定での射撃が禁じられている状況では、皮肉にも性能に劣る兵器という解釈も、確かに可能だった。


暗い予感に身を蝕まれつつ、必死に防戦を続けるウィスタリア人、火力と防御で圧倒しようとするタマリスク軍、両者とも簡単に戦闘の主導権を譲る意思はなく、

この日、籠城開始から28日目の戦闘は、その後の長く苦しい膠着の始まりでもあった。

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