第76話 戦を制すもの
山頂からの双眼鏡での観察と、斥候の見聞を総動員して、ウェルウィチアは敵の情報収集に努めた。
500人の集団は、動きかたから見て、ほぼ同人数の3つの隊で構成されている。
それぞれの隊の指揮官と思われる将校が識別出来た。
人数から、中隊だとすれば、階級は少佐か大尉ということになる。
中隊長の上に立つ指揮官の存在は認められない。
3人の誰かが、統括を兼ねるのだろう。
また、3人の下位にも、意思決定の動きは感じられない。
頻繁に報告に来る、小隊長とおぼしき役職は、中隊長の意思を下位の兵士に伝達する役割のようだ。
山を登ってきた偵察隊は、20〜30歳代の青年が中心だった。
ただし双眼鏡越しに見渡すと、部隊全体の年齢構成は、それよりもやや高そうだ。
伝令役の数騎がいるほかは、全員が歩兵。
武装は、自動小銃に銃剣、手榴弾を各自2〜3。
他に、迫撃砲を10門程度、馬車で牽いてきている。
見たところ、食料の携帯は大した量ではない。
そういった報告や、自分で観察した内容を、ウェルウィチアは片端からノートに記していった。
何が役に立ち、何がどうでもいい事なのか、判断のつかないままノートを埋めて行く情報は、周囲のリーダーや、情報を運んでくる報告者には、そのまま、彼らのこの先の見込みの暗さ、
慣れない武器を持って山に籠った素人の群れが、帝王の正規軍に立ち向かうという現実の無謀さを語っているように思えてならなかった。
武器を取って闘うことがどれほど恐ろしいか、それを回避するためなら、どんな卑怯な裏切りも働きかねない、
腹の底から込み上げる真っ黒な恐怖、狂気にも近いその感覚を、オステオスペルマムで戦った男たちはみな知っている。
《あれ》は、むせかえる血と硝煙に突き動かされた、別の狂気の醒めぬ間に、先の見通せない漆黒の闇に飛び込んで行く蛮勇だったからこそ出来たことだ。
今は、違う。
こうして敵の事を知れば知るほど、彼らの勇気は、戦い始める前から挫けてゆくようだった。
ウェルウィチアは全ての報告を受け終わってペンを置き、数ページにわたる書き取りをペラペラと見返した。
そして顔を上げた。
鼓舞するのでも、強制するのでもない、しかし誰もが従わずにはいられない、灰色の瞳が、一同を見回した。
集会所、兼、礼拝所でもある、間に合わせの『司令所』で、ウェルウィチアは作戦の説明を行った。
それは非常に具体的かつ明瞭で、驚くほど単純な計画だった。
まるで何年も前から計画し、推敲を重ねた末にたどり着いた最善の案に聞こえた。
彼が説明を終えたとき、誰もが自分の役割を明確に理解し、その達成に意気込みと、自信すら感じていた。
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