第77話 三面の緒戦

タマリスク帝国陸軍・コルムバリア第5旅団に属する3個中隊は、その日朝6:00、司令機能所属の約100名を麓に残し、三手に分かれてピスガ山に向かった。

制圧対象の人数の多さと、敵側の所有する武器、防衛陣地の地形などの懸念を考慮しても、さして難しい任務とは考えられていなかった。


屏風のような岩壁と、その手前を護る機関銃は厄介だが、そのために迫撃砲を運んできている。

5000人という人数は尋常でないが、大半は女子供に老人、銃を扱える男も、所詮は農民や商人の寄せ集めだ。

遅くとも今日1日、早ければ午前中にも、ケリがついてしまうだろうと思われていた。


実際、山の3合目くらいまでは、3隊とも前日の偵察の報告そのまま、順調に進んでいった。


登山道を行く第1中隊が、立ち木の多い斜面を登っていたとき、前触れもなく4、5発の銃声が鳴り響き、3人の兵士が倒れた。

一人は頭を撃ち抜かれ即死、一人は喉に、一人は腹に銃弾を受け、血塗れになってのたうち回っている。

銃声は右側、至近距離に聞こえた。


負傷者を後退させつつ、自動小銃の掃射が、密生した灌木の茂みをさらった。

しかしそれきり、敵が潜んでいるとおぼしき一帯から、撃ち返してくることもなければ、仕止めた手応えもない。

十分に銃弾を撃ち込んでからざっと捜索したが、藪に阻まれ、手がかりは得られなかった。


銃を構え、慎重に行軍を再開した。

50歩も行かないうちに、今度は左後方から銃声が鳴り響いた。




登山路の左、南寄りのやせ尾根を進む隊は、断続的に続く銃声を、僚軍が順調に敵を掃討しているものだと思って聞いていた。


足場の悪い岩場を越えた少し先に、馬車の残骸とおぼしき木材を積み上げたバリケードがあった。

昨日、偵察隊が排除した場所のはずだが、夜間にまた積み上げたのだろうか。


先頭の数名が銃を置き、除去作業に取りかかった。

引き棒や車輪を次々と谷に投げ捨て、大きな板材を二人がかりで持ち上げたとき、

カチリ、と金属質な音がした。


板の裏に結ばれたワイヤの先で揺れる発火ピンのリング、ひとくくりに束ねられ、地面に固定された3本の手榴弾が目に入った。


生木を裂くような音がして、ガラクタの山、それを取り巻く兵士、尾根の地形が、巨大な白い煙の柱にすり替わり、何も見えなくなった。

同時に、尾根の左右の谷側から発し、稜線上で交叉する火線が、隊列に襲いかかった。



登山路を進む隊は、いつのまにか本格的な銃撃戦に引きずり込まれていた。

敵はあらゆる方向から、ほとんど姿を見せずに撃ってくる。

銃撃は散発的だが、その度に一人、二人と確実に死体を増やしていく。

すでに味方の死傷者は、10名を超えていた。

それに対して、こちらが仕留めたのはわずか2名。


兵士たちの間に、驚愕と、恐怖が広がった。

勝利を確信していた余裕の笑みは、今や蒼白に、茫然自失のありさまだった。


それをあざ笑うかのように、敵の攻撃は頻度を増し、執拗になってくる。

斜面を登りきった肩に出たところで、前方の岩場からの集中砲火を受け、身動きが取れなくなった。

斜面まで後退した隊列を、再び左右からの銃撃が襲った。

取り残された負傷者を救出ししようと向かった衛生兵まで、銃弾の餌食になった。


戦闘隊長が麓の司令部に伝令を送り、撤退の許可を得るまでの間にも3人が撃たれ、陣地に戻るまでにもさらに同数が死傷した。



登山路の右、海に面したルートを選択した隊の運命は、もっと悲惨だった。


隊列の先頭3分の1ぐらいが、海面から切り立った断崖の上、長いガレ場の急勾配に差し掛かった時、斜面の高い位置から敵の銃撃が襲った。

身を隠す場所もない斜面に伏せ、応戦しようとしたが、十分な視界が取れず、少なくとも4箇所から撃ってくる砲火で、頭を上げることもままならない。

ガレ場の手前は、絶壁の縁、山側から大きな岩が張り出した細い道で、後退することも出来ず、後続の兵士は岩に阻まれて援護出来ない。


必死に斜面にへばりついた兵士たちの腹の下から、連隊の太鼓のような地響きが伝わってきた。

見上げると、酒樽ほどもある岩の津波が、斜面全体を駆け下ってくるところだった。


ウィスタリア人が自然の地形に見せかけて巧妙に組んだ罠は、原始的ながら絶大な威力を発揮し、

斜面にいた兵士の半分が岩に叩き潰され、残りは、落石が誘発した岩なだれによって押し流され、絶壁の下へと落下していった。


この時には、登山路を選択した隊の兵士の死体から新式の自動小銃を入手した2人の若者が、山腹を巻いてこの地点に到着していて、

ガレ場の手前にいて難を逃れ、しかし目の前で起きた出来事に大混乱に陥っている兵士の列に、障害物となった大岩の上から、全自動連射の銃撃を浴びせた。


2名は結局、弾倉が空になるまで撃ち続けてタマリスク兵の反撃によって殺されたが、

その死を補ってあまりある成果を挙げたことは確かだった。

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