第73話 新しい生活があった

居住区は、絶壁に囲まれた山頂部を中心に、高山部に作られた。

いずれにしても、山頂台地が防衛の拠点となることは間違いないだろう。

ウェルウィチアの指示で、山域の詳細な地図作りのため、百数十人の少年が山じゅうに散らばった。


ありがたいことに、木々に覆われた山腹の何ヵ所かで、飲用可能な湧き水が見つかった。

南側斜面には、山火事の跡の疎林があった。

下草がよく生育し、彼らが生きた食料として連れてきた羊の群れを放牧するのに好都合だった。


食料は、アムスデンジュン人から様々な形で手に入れたものが、比較的潤沢に、数週間分くらいはあった。

とはいえ、この籠城がいつまで続くか分からず、補給はあり得ない。

公会議での決定により、食料は倉庫を設けて一元管理され、各家庭の人数に応じて日々配給されることになった。


煩雑で、人に恨まれがちな仕事を、すずかけ村の『元』村長が買って出た。

役目を終える日まで、彼は忍耐強く、少くとも目立つような不正は行わず、黙々と任務を果たした。


祭司長の指示のもと、十数名の娘が、9枚の幌を縫い合わせた巨大な旗を作り、樹皮を絞った染料で、救難を訴えるメッセージが記された。

旗は、山の西側、海を向いた絶壁に掲げられた。


敵の攻撃に、武器を持って立ち向かう大人の男たちは、戦闘訓練を始めていた。

兵役の経験者を軸に、小隊、中隊といった組織を作り、待ち伏せや隠密行動の練習を行った。

弾丸をむやみに消費するわけにもゆかず、射撃訓練は銃を撃ったことのない者に限定して行われた。


長老の中には、実戦の経験があるものもいた。

30年前以上まえ、プルメリア帝国との紛争当時にタマリスクに住んでいて、タマリスク側のレジスタンスとして戦ったという経歴だ。

武器の取り扱いをはじめとした、細かい知識、技術はだいぶん記憶から薄れていたが、体験に基づく教訓は、その後の難民たちの命運を変える金言となった。


曰く、

・勝てる戦いしか戦ってはいけない。

・撃った以上の弾丸を、敵の死体から回収できる場合しか戦ってはいけない。

・撃つなら、外してはいけない。

・交戦したら、敵の前衛は戦死させなければならない。


その他、敵を心理的に動揺させる戦法や、敵から回収した武器の運搬係の重要性が説かれた。

また、彼らの経験を参考に、塹壕や、土塁を積んだ胸壁といった防衛陣地の整備が、老若男女総動員で進められた。


これらの雑多なこと、水汲みから匍匐ほふく前進まで様々な作業が、山の至るところで同時並行で行われていた。

作業に没頭している間、人々の心は軽かった。

もともとこうしたことを生業にしている山岳民族になった気分だった。

夕刻には、山頂の一番広い台地で集会が行われ、食料の配給や、翌日の作業の連絡があるほかは、小うるさい議論もなく、祭司長から教示の説話や、日替わりで各村から、歌や踊りの披露があった。


彼らの、過去と未来の数奇な運命は忘れられ、災厄と苦悩を地上に置き去りにして移住してきた、新しい生活の開拓者であるかのようだった。

しかし、全体から見ればまだ僅かづつではあるが、食料は減り続け、救難旗を見て近づいてくる船も現れなかった。

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