第72話 数百年、あるいは千年の時を超えて
この荒々しい岩山は、彼らがやって来るはるか以前にも、要塞として使われたことがあるようだ。
急峻な岩肌に、自然の地層に手を加えて石段を刻んだ痕跡があり、山頂にはキリクス松を組んだ建物の残骸が散らばっていた。
それらを残したのは、タマリスク人か、キリクス人か、もしかすると彼らウィスタリア人の、古い同胞なのかもしれない。
ここに立てこもった人々の最終的な運命と同じく、今となっては突き止めるのは不可能だ。
山から切り出した木に加え、それらの数百年、あるいは千年以上の時間が経過した木材で、
5000名のウィスタリア人は急ごしらえの小屋を建て、馬車の幌を張ったテントを作った。
ここまでウィスタリア人の荷を運んできた馬は、ピスガ・ジェベルの麓で、馬車に代わり、その背に食料や武器を積み、山頂へと運び上げなければならなかった。
斜面というよりも崖に近いような、険しい山道で足を痛めたり、滑落する馬も少なくなかった。
転落する馬の巻き添えで、5人以上が怪我をしていた。
生き残り、役目を終えた馬たちのうち、運の悪い二割ほどは解体されて人間の食料となり、残りは、
敵に利用されるかも知れないのだし、全頭殺すべきだ、との意見も勿論あった。
しかし、自分達に付き合ってここまでやって来た従順な動物に、自らの手で引導を渡すことは、多くのウィスタリア人にとって忍びなかった。
もう、死ぬのは人間だけで十分。
と誰かが言っていた。
馬車も一部は解体され、住まいや、敵の侵入を妨げるバリケードの材料として、山に運びあげられた。
残りは、痕跡を残さないよう、海に捨てられた。
山への移住が完了し、地上から難民の形跡は消え去った。
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