第70話 ピスガ・ジェベルの四十日
父の腕の中で小刻みに嗚咽を繰り返すアマリリスに遠慮して、リーダーたちがウェルウィチアに声をかけられずにいる中、例の青年が前に出た。
「これから、どうしますか?
連中が仲間を連れて戻ってきたら、もう防ぎきれません。」
ウェルウィチアが顔を上げた。
打ちひしがれたリーダーたちの顔を一巡した後、その灰色の視線は、はるかな高みへと向けられた。
「山だ。」
「山?」
青年が聞き返した。
「ピスガ・ジェベルに籠城する。
岩山では、騎兵は役に立たない。
登ってくる敵は、上から狙い撃ちにできる。」
少しの間、重い沈黙が下りた。
やがて、祭司長が静かに口を開いた。
「山に籠った後は、どうしますか。」
「山頂に、大きな目立つ旗を立てましょう。
外国船が気付いて、救援に来てくれるかもしれません。」
「望みは 、低いでしょうね。」
「その通りです。
その時は、食糧と武器の続く限り、闘い抜きます。
――こんな結果になってしまって、申し訳ありません。
犠牲者も、大勢出るでしょう。
ですが、今、他に道はありません。」
重く、噛み締めるようにウェルウィチアは言った。
「分かりました。
あなたに従い、一切を委ねます。」
祭司長はウェルウィチアに一礼し、難民たちの方に向き直った。
よく通る澄んだ声が、荒涼とした岩山の麓に朗々と響いた。
「これより、ピスガ・ジェベルを我々の砦とします。
決して平坦な道ではありません。
しかし、我々が生きている限り、希望もまた生きています。
いざ、栄光の明日へ進みましょう。」
『ピスガ・ジェベルの四十日』として後世に伝えられる、壮絶な籠城戦は、この日をはじまりとして数えられている。
40という数字は、初代ウィスタリアの王が、カラカシスの岩山に40日間籠って天啓を受けたとする故事にあやかってつけられたもので、
実際の戦闘終結までの日数とは一致しないし、この先、どのような運命が待ち受けているのか、当然彼らは知らなかった。
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