第60話 隠者の視点(2)

生き残ったウィスタリア人と話をして、ようやく状況が飲み込めてきた。


5月17日のクーデターの後、すずかけ村をはじめ、西部の地域はまだ漠然とした不安にゆらめいていた頃、

この町では、ラヌンクルス王子の王都軍と、陸軍参謀長の東部方面軍との間で、非常に激しい戦闘が繰り広げられていた。

破壊の大半は、アムスデンジュン軍ではなく、このときの内戦によるものだという。


突然、味方同士でわけのわからない殺し合いをはじめた軍隊に、人々は震え上がり、町は大混乱に陥った。


市街地の上を砲弾が飛び交い、住居が、市場が、教会が、中にいた人もろとも、瓦礫に沈んだ。

避難しようと建物の外に出た人々を、こんどは両軍入り乱れて撃ち合う機銃の掃射が襲った。

かれらはまるで、創世の時代に行われたという、巨大な竜や獣の死闘の真ん中に放り込まれたかのようだった。


どこにも安全な場所などはなく、人々はまだ崩れずに残っている建物に逃げ込み、手を取り合って震えていた。

ウィスタリア人の家にアムスデンジュン人が匿われ、アムスデンジュン人の寺院にウィスタリア人が隠れた。

彼らの上に砲弾が落ちれば、ウィスタリア人もアムスデンジュン人もなく、いっぺんで粉々にされる。

掩蔽物えんぺいぶつそれぞれに同じ運命を共有した人たちは、ともに恐怖に耐え、自分達の庇護を祈った。


やがて戦闘は、野火の上に轟く雷雨のような激しさが加わり、このまま町のすべてが灰塵となるかと思われたとき、不意にぱたりと止んだ。

おそるおそる隠れ場所から出てきた人たちが見たものは、瓦礫の中、累々と横たわるウィスタリア兵士の死体と、硝煙のむこうから現れた、異形の武装に身を包んだ戦士の群、

アムスデンジュン軍の姿だった。




その後、ウィスタリア人の追放と、アムスデンジュン人の『解放』は、この地域でも同じように行われた。


だが、ウィスタリアのアムスデンジュン人がみな、アムスデンジュン藩王国の軍を歓迎したかというとそうでもない。

これは、例えばすずかけ村のアムスデンジュン人もそうだったのだが、むしろ、平穏でそれなりの満足もある生活を、

望みもしない外圧によって掻き乱されたことに、傷つけられた気分でいるものが多かった。


その感覚は、ウィスタリア人にも理解できるものだった。

在外の、タマリスクやラフレシアに生活の基盤を置くウィスタリア人と、彼ら在郷のウィスタリア人とは、総じて仲が悪い。


同じ民族でありつつ、むしろ同じ民族であればこそ、お互いに羨望、憧憬、嫉妬、侮蔑といった様々な感情が混じり合う。

タマリスクのウィスタリア人は、タマリスク人以上にウィスタリア人に嫌われる。

ひとの思いとは、かくも複雑なのだ。

ウィスタリア人からは粗野で幼稚と揶揄やゆされるアムスデンジュン人も、その点は同じだったということだろう。



そしてこの地域では、一つの家の中で死に怯え、生への希望をつなぎ、助け合いさえしたことが、実際に直情的で素朴な人柄の多いアムスデンジュン人に、ウィスタリア人への感傷的な一体感を引き起こした。

その結果、『治安維持軍』に見つかった場合の危険も考えず、ウィスタリア人を救おうとするアムスデンジュン人が少なくなかった。

決してこの地域が、他に比べてそれまでに、ウィスタリア人とアムスデンジュン人が融和的な場所というわけではなかった。

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