第59話 隠者の視点(1)

最初、2日ともたずに全滅するのではないかと恐れつつ、踏み出した逃走劇だった。

それも早10日を数え、5000人の難民は、ウィスタリア中央盆地の入り口、首都アザレア市からもそう遠くない所まで辿り着いていた。


アムスデンジュン軍との遭遇を避け、山間の悪路や、迂回路をとったせいで、平時の倍近い日数がかかっていた。

それでも、実際の日数を聞くと、誰もが短さに驚いた。

もう何年も、こうして明日をも知れないまま、さまよい続けている気がしていた。


偵察隊が見聞きしてきたところでは、周囲にアムスデンジュン軍の姿は見当たらなかった。

残っているのは、アムスデンジュン人と、彼らにかくまわれて災厄を逃れた、わずかな数のウィスタリア人だけだというはなしだった。


アムスデンジュン人に匿われた、というところに多くの難民が反応した。

そんなことがあり得ようとは、誰も想像していなかった。


「このあたりでは、事情がちがったようですね。

ウィスタリア人とアムスデンジュン人が仲のいい地域性なんじゃないですか?」


人々は半信半疑、どちらかといえば疑いに傾いた思いで、

半ば破壊され、その後住民の6割が連れ去られた町に入っていった。


偵察の青年が言ったことは本当だった。

所在なげに、人影まばらな通りをうろうろしているアムスデンジュン人にまぎれて、

もう共同体とは呼べない人数のウィスタリア人たちが、虚ろな目でこちらをうかがっていた。

どちらも、伝説の大洪水の後、泥濘と化した地上に戻されて、途方に暮れている人々のようだった。


突如、荒れ地から現れた5000人の集団に、アムスデンジュン人もウィスタリア人も驚き、

追放の行進から逃げてきた難民だと話すと、――当然、オステオスペルマムや、手前のいくつかの村で行われた血生臭い出来事は、伏せておいた――

同胞のウィスタリア人はもちろん、アムスデンジュン人からも熱烈に歓迎された。

彼らにしてみれば、あの行進の向った先、すべてを飲み込む黒い穴のような空虚から、生きて帰ってくる者がいたということが大きな驚きだった。


「安心していい。可汗ハガン(アムスデンジュン藩王国)のヤツらは、もういない。」


巨躯きょくにヒゲもじゃ、ぎょろ目という、典型的なアムスデンジュン人の男が、

人の良さそうな笑顔で握手を求めてきた。


「あいつら、荒らすだけ荒らして、勝手にどこかに行ってしまった。

もう1ヶ月も前だ。


むごい話だ、けだものにも劣る行いだ。

あんな小さな子供まで、一人残らず。。

あぁ、あの人たちはどうしただろうか、

砂漠で、飢えに苦しんでいるんじゃないだろうか、

タマリスクの鬼畜生に、ひどい扱いをされてないだろうか。」


そう言って、さめざめと泣いた。

難民たちは、呆気にとられるばかりだった。

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