第57話 篠が原
精神的な連帯という、この境遇を生き抜くために不可欠な糧を得たウィスタリア人だったが、当然それだけで生きてゆけるわけではなかった。
逃走組がオステオスペルマムで奪ってきた、もともと残り少ない食料は、餓死寸前の立て籠もり組に分配すると、あっという間になくなった。
周囲は相変わらずの荒れ地で、教示の伝説のように、窮乏を救う奇跡の食物が、天からもたらされる気配はなかった。
「あれは天から降ったんじゃなく、地から湧いたという説がありますよ。
ミラビリス第2王朝の災厄の年に、シノの花が咲いたというんです。」
「シノが花をつけるのかね?
見たことがないぞ。」
「何十年に一度のことらしいですが。
国中のシノが一斉に花を咲かせ、実を落としたあと、枯れてしまうんだそうです。
実にはとても栄養があって、小麦の比じゃないと言います。」
「ほぉ。
そうなったらここいらの荒れ地じゅうが穀物畑に早変わりだ。
まさに奇跡だな。
そろそろ我々も、そういう
「荒れ地の古木の年輪を調べると、実際何十年かごとに、目覚ましく成長した跡があるそうです。
シノの実の養分を吸い上げて成長したんでしょうね。
――ところが、何でもここ200年ほどは、その痕跡がない、つまりシノが花をつけるのをやめてしまったと言います。」
「ほう。一体どうして。」
「さぁ・・・わかりません。」
「そうか・・・
もう、奇跡が起こるような時代ではないのかも知れんなぁ。」
馭者台の上で、父と、ヘリオトロープの友人だった青年が、
油断なく周囲を警戒しながら、どこか場違いに
馬車は一面のシノ原が広がる荒れ地を進んでいった。
これまで、アムスデンジュンの残党との遭遇を恐れて、悪路を承知でこういった山道を選んで進んできた。
しかしいよいよ食料が底をついたところで、一行は針路を変え、ユーフォルピア川渓谷部へと下っていった。
日が傾く頃、山あいのみどり豊かな平地を見下ろす丘陵で隊列は止まり、大人の男たちで会合が持たれた。
やがて、十数台の馬車を空けるように言われ、かわりに武装した大勢の男たちが乗り込んだ。
青白い夕靄が漂うなか、例の偽タマリスク騎兵を先頭に、馬車の列は静かに、谷の方へと下っていった。
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