第48話 心臓は問う。あと何度脈打てるのか

アマリリスの父を含む、難民キャンプのリーダー達が、街の有力者との交渉に出掛けていった。


2時間後、何人かは前歯や鼻を折られ、仲間に肩を支えられて戻ってきた。

何も得られたものはなかった。

父が無傷だったことが何よりの救いだった。


タマリスク人の敵意と憎悪がひたひたと感じられ、とても以前のように、街に出掛けることは考えられなかった。

何人かで馬でキャンプに乗りつけ、石や汚物を投げつけていく者もいた。


翌日、憲兵がアムスデンジュン兵を率いてやってきた。

ウィスタリア難民は、市街のいくつかの建物に監禁されることになった。

荷物は丘の上に残し、ウィスタリア人は徒歩で街に向かった。


閑散とした通りに長い列を作って進んでいった。

建物の上の階の窓があちこちで開き、通りを進む彼ら目がけて物が降ってきた。


耳のすぐ側で、物が砕けるけたたましい音がして、アマリリスは首をすくめた。

彼女をかばうように、ヘリオトロープのごつい腕がかざされていた。

アマリリスの頭めがけて落ちてきた陶器を、払い除けてくれたのだった。

骨張った手首が陶器の粉にまみれ、血が出ていた。


アマリリスはぶるぶる震えながら、兄を見上げた。

泣くまいと思ったものの、涙が溢れるのをこらえることができなかった。


ヘリオトロープは顔をしかめて舌打ちし、油断なく頭上をにらみ続けていた。


「結局出遅れたか。もっと早く、行動するべきだった。」


ヘリアンサスとヒルプシムをかばいながら、父と叔父が話していた。


「その考え方は、負け組だな。

タマリスク人を見習え。連中ならこう言うだろうよ、『神のご意志のままに』と。」


行列の進む向きが変わり、アマリリスは顔を上げた。

10段あまりの階段が足元から上に延び、その先では、大聖堂の扉が大きく開け放たれ、ウィスタリア人たちを呑み込む黒い口が開いていた。



最後の一人を収容すると、入り口は閉ざされ、外側から施錠された。

堂内は人が一杯で、膝を抱えて座るのがやっとだった。

至るところに灯された蝋燭から、獣脂の黒い煙が立ち昇る。

天井から吊るされた香炉から、乳香の強い香りが降りかかってくる。


はじめ、ざわざわ、ざわざわと話し合う声が、聖堂内の空間一杯に満ちていた。

やがてだんだんと静かになっていったが、それでも高い天井から、微かな唸りが、怯えと不安の音が降り続いていた。


散発的に、外から叫んだり、扉を叩く音が聞こえて来た。

投石で、聖壇の上のステンドグラスも何枚か割れた。


夜になり、聖堂の前の通りで、集まって気勢を上げる声が聞こえてくるようになった。

時折、銃声まで鳴り響いていた。


配られた食事も喉を通らず、眠ることもできず、アマリリスはただ恐怖と不安に耐えていた。


朝になり、太陽も大分高くなってから、アマリリスは少し、うつらうつらしたのかもしれない。

ふと気付くと、聖堂の外の喚声が、明らかに危険な調子に高まっていた。

ウィスタリア人は全員固唾を飲んで、扉の方を見つめていた。

威嚇、ないし自分たちを高揚させるための発砲音が立て続けに鳴り響く。

破滅を察知した心臓が、今を限りと、どきんどきんと鳴っている。




やがて、大きな音と共に大扉が開き、完全武装したタマリスク軍の兵士たちが、なだれ込んできた。

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