第47話 野火に囲まれた枯草の山
アマリリスは焚火の方に背を向けて横になり、いつまでも続く父と叔父のひそひそ話を聞いていた。
この夜の時点では、父と叔父の計画は、一家の二台の馬車と、同郷の仲間を何家族か加えたぐらいの小規模な集団で、ひそかにキャンプから抜け出すことを想定したものだったが、
それがこの後、あれほど大規模で、壮絶な逃走劇に発展したのは、ちょうど同じ時刻に発生していた、1件の殺人事件が原因である。
もしあの事件が、起きていなかったら。
そう仮定して回り始める自分の思考を、アマリリスはいつも力づくで押さえ込む。
意味がない、
自分たちは、野火に囲まれた枯草の山だったのだ。
火の粉が最初に舞い落ちた位置がどこだったとしても、全てが灰になって燃え落ちる結果に違いはなかったのだと。
バザールに行ったきり帰らなかった、街のタマリスク人の女が、翌朝、干上がった用水路の中で見つかった。
何人もの男に強姦され、顔の形も分からないほどにひどい暴行を受けた形跡があった。
オステオスペルマム中が大騒ぎになった。
これまで、ここは平和で安全な街だと言えた。
大規模な通商のルートでもなく、軍隊もおらず、変化の少ない安定した環境で、
人々は帝国政府から支給される年金を受け取って暮らしていた。
そこに突如、正規軍ともならず者ともつかないような兵隊が現れて住民を不安にさせ、
おびただしい数の難民まで連れてきた。
そして難民は詩人の祖であるこの街に、おぞましい災いをもたらした。
実際の犯人がウィスタリア人であるかは、はっきりしない。
アムスデンジュン兵が、かなり強引に街の女を口説いていた姿も見られている。
だが犯人はっきりしないなどという結論が許されるわけもない。
そして今さら真相の究明が重要なのではなかった。
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