オステオスペルマム
第40話 閉鎖聖堂の街
わずか数軒の小さな集落、少し大きな、アマリリスの村と同じくらいの規模の町、
一日に2つか3つづつ、そういった町を通過しながら、荒れ地を進むこと5日。
地表に漂う浮遊塵の霞の上に、幾つもの塔や楼閣の丸い屋根が、蜃気楼のように見えてきた。
やがてはっきりと姿を現した大きな街は、その名をオステオスペルマムという。
タマリスク北東の都市のなかでは、中ぐらいの規模にあたるが、それでも、アザレア市よりもむしろ大規模だ。
アマリリスは幌のかげに隠れて、大通りの様子を見ていた。
街の住人の馬車が追い越していく。
建物から、ねずみ色のヴェールで全身を包んだ女が出てきて、足早に馬車や人間の間をすり抜け、通りを渡っていく。
誰一人として、難民の列の方を見ようとはしなかった。
タマリスク風の建物が並ぶなか、思いがけなく、見慣れた様式の建築物が見えてきた。
「教会があるわ。」
ウィスタリア使徒正教会の、という意味だ。
「この街のウィスタリア人が建てたんだろう。
ずいぶん立派な聖堂だなぁ。」
「ここにもウィスタリア人が住んでるの?」
意外だった。タマリスクに住むウィスタリア人が大勢いることは知っていたが、国を出てから、ずいぶん遠くに来た気がしていたのに。
「まぁ、住んでいた、と言うべきか・・・」
父は曖昧に語尾を濁した。
アマリリスは改めて聖堂を見た。
どこか違和感がある。
・・・そう、入り口だ。
教会はどこでも、扉は一杯に開かれ、年に一度の『再生の祈りの夜』以外は閉められることがない。
しかし、この聖堂の正面階段の上の大扉はぴったりと閉ざされている。
中で祈りを捧げている人がいるのではない。
閉鎖されているのだ。
ちょうどアマリリスの馬車が教会の正面に来たとき、巨大な機械貨車とすれ違って視界が塞がれた。
轟音と共に真っ黒な煤煙を吹き上げる鋼鉄の固まりが通り過ぎたときには、聖堂はずいぶん後ろに遠ざかっていた。
難民の列は城壁に囲まれた市街地を突き抜け、街の南東にある丘に集まっていった。
丘の上で、彼らを『護送』してきたアムスデンジュン兵から、タマリスク軍への引き渡しが行われた。
真っ赤な制服に黒いテルパク帽のタマリスク正規軍が、ずらりと整列した様子は恐ろしくもあったが、民兵か山賊か分からないようなアムスデンジュン兵に比べると、規律が行き届き、むしろ紳士的に見えた。
丘の上を埋め尽くした群衆を前に、隊長らしい壮年の男が、声を張り上げて手元の指令書を読み上げはじめた。
その傍らの、この街の住人だったらしい、太った禿げ頭のウィスタリア人が、隊長に張り合おうとするかのような大声で、通訳していった。
・避難民諸兄、道中御苦労であった。
・諸兄は当面、当市に逗留する。
・今後の目的地、移動時期は未定。追って通達する。
・生活物資は当市から供給する。費用は避難民諸兄で負担のこと。
・当オステオスペルマム市は、かの偉大なる詩人、ロベリア・エリヌスを輩出した文化と教養の街である。くれぐれも風紀を乱すことのないように。
・解散。唯一絶対なる神に帰依せよ。
難民の群を丘の上に残し、タマリスク兵とアムスデンジュン兵は街の方に去っていった。
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