第41話 難民の丘

丘はひどい石ころだらけの場所で、テントを張る場所をめぐって、ウィスタリア人同士、あちこちで騒動が持ち上がった。


そうこうするうちに、街の方からばらばらと、タマリスク人の物売りがやってきた。

平たいパンを積んだ盆を頭の上に乗せた、でっぷりと太った女は、掃き溜めを素足で掻き回しているかのような、露骨な表情を見せながら、

刺々しいだみ声で、頭の上の品物を意味するらしい言葉をがなり続けている。


そんな女の周りにさえ、一斉に難民が群がり、見るからに粗悪で割高な食料を、争って買っていく。

手に入れた家族は品質や値段に関して悪態をつき、手に入れられなかった者は、機会を奪われたことについて呪詛を並べていた。

だれもが疲れ切って、ここにきてひどく苛立っていた。



ウェルウィチア家は何とか丘の中腹に場所を確保し、テントを張った。

アマリリスはテントの入り口を勢いよく閉ざし、床に敷いた絨毯の上にぺたりと座り込んだ。

ゆっくりと、大きく息を吐いた。

家を出るときに吸い込んだ苦しい息が、やっと少し出ていったような気分だった。


アマリリスの父の判断で、キャンプにやって来る物売りからは食料を買わなかった。

かわりに、翌々日になると、父と叔父は連れだって街に出掛けて行き、米に肉、果物まで買い込んで戻ってきた。


難民が市街に出入りするには、市長の発行する通行許可証が必要だった。

申請には妥当な額の発行手数料が必要で、市長のデスクに乗ることのできた申請書には、自動的に裁可の印が押されたが、

そこまで行き着くには、コネと、相応の額の礼金が必要だったので、手に入れられた家族は限られていた。


父はタマリスク語が話せるのと、仲介者に非常にうまく取り入ったことで、相場よりもずいぶん安く、この権利を入手していた。


一行が到着したことで、オステオスペルマムには合計3種類の軍属、

ウィスタリア人を連れてきたアムスデンジュン兵、

タマリスク国内で難民の移動を管轄する帝国陸軍、

丘の上のキャンプを取り仕切る憲兵、が集まっていた。


詩人の街に不相応なのは難民に限ったことでもなく、この三者はそれぞれお互いに仲が悪かった。

いちばん兵隊らしい赤い制服の陸軍は、憲兵のことは地廻り、アムスデンジュン軍のことはゴロツキと呼んで軽蔑し、憲兵やアムスデンジュン軍の両者も役立たずだの犬だの豚だのといがみ合っていた。


ウェルウィチアは拳銃か棍棒しか持たない憲兵が、自分たちに一番関わりの深い派閥であると当初から認識し、

彼らのプライドをくすぐりつつ、自分が有力者であることを印象づけ、難民たちとの間を積極的に取り持ってやることで、到着したその日のうちに憲兵たちの信頼を獲得しただけでなく、

すずかけ村出身者以外の難民の間からも一目置かれるようになっていた。


一方で、ウィスタリアでは当然村一番の権力者だった村長は、通行証の値段で憲兵と揉め、余計な金を払う羽目になったのに加え、

テントの設営場所や、通行証の利益を露骨に独占しすぎたことから、村人の不興を買っていた。


父親に媚を売って通行証を借り受け、

同郷の少女たちの恨みがましい視線を背中に感じつつ、アマリリスとヒルプシムはいそいそと街に向かった。

まずは汗と垢でべとべとする自分たちの体を何とかしたかった。

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