第38話 空を渡る艦

南カラカシス山地をゆく道は、やがて広大な平原へと下り、カラカシスと言われる地域はこの辺りで終わりだった。

同時に一行は、ウィスタリアの国境を外れ、遂にタマリスク領に入った。


けれどこの平原も、古くからウィスタリアの名前で呼ばれてきた。

一千年以上の昔、彼らの先祖が強大な勢力を保持していた頃には、カラカシス地方を越えて版図を広げていたこともあったのだ。

現在ではタマリスク帝国領である土地につけられた、ウィスタリアという地名は、その名残である。


今また歴史は大きく舵を切り、ついにウィスタリアという国は地上から消滅してしまった。

次の千年後、『ウィスタリア』は何を意味する言葉になっているだろう。

再び自分たちの国を持つことがあるのだろうか。

それともウィスタリア人という民族さえ、消え去っているかもしれない。

・・・ひょっとすると千年も待たずに。


見渡すかぎりの地平線をゆく受難民の群は、

上空からは、渇いた地面で干からびようとしているミミズのようにでも見えただろうか。


アマリリスは幌の開口部から空を見上げた。


彼らの前方を、西へと向かう飛行戦艦の隊列が横切って行った。

そんなものを見るのは、アマリリスは初めてだった。


相当な距離があるので、正確な大きさは分からない。

くろぐろとした不吉な船影は、時折、日光の角度で、

彼らを監視しているかのような反射を送ってよこした。

悠々と旋回する推進翼も、いくつもの砲塔を備えたシルエットも、アマリリスは心底気に入らなかった。


「リナリアへ行くんだろう。あっちでは、ラフレシアとタマリスクの戦争が始まったらしい。」


隣の馬車の老人が、教えてくれた。


リナリア汗国は、カラカシス地方の西の海、トレヴェシア海北岸の国で、タマリスクの属国だ。

かつてトレヴェシア海は全周がタマリスク帝国の領土で占められていたが、北岸、東岸は次々とラフレシアに奪われ、タマリスク領として、唯一リナリア汗国だけが北岸に残る。

トレヴェシア海に張り出した半島状の国で、狭い地峡でラフレシア領に接している。

ここに5日前にラフレシア軍が侵攻し、防衛するタマリスク軍との間で激しい戦闘が展開されていた。


「皇帝も、相手の陣地に攻め込むぐらいなら、

自分のところの臣民の土地を、取り返してもらいたいものだがな。」

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