第37話 砂漠の星

4日目に、荒地の嵐がやって来た。

目を開けていることができず、砂塵に太陽が暗くなるほどだった。


”もう、砂漠に入ったの?”


鼻まで覆ったショールの下から、アマリリスは嵐に負けないよう、大声で父に尋ねた。


”まだここはウィスタリアだよ。盆地の外は、どこもこんな所ばかりだ”


晴天の下では、太陽の熱から守ってくれていた帆布の幌は、この嵐では壊れてしまう。

アマリリスはヘリアンサスといっしょに、ヘリオトロープが作ってくれた荷台の避難場所、東洋の大きな壺と、象牙の神像の間に、幌の帆布をかぶって身を横たえ、

全身に降り注ぐ砂粒に打たれながら、馬車の進む方向を睨んでいた。


暑いし、窮屈だった。

自分が今こんな目に遭っている発端は、アムスデンンジュンとの戦争だと分かっている。

それでも、馭者席の上で、砂嵐の向こうに見えたり隠れたりする二つの背中を、恨まずにはいられなかった。

何故なら、彼らが唯々諾々いいだくだくとアムスデンジュン軍に従って、この行進を続ける張本人たちだからだ。


実際、3000人のウィスタリア人に対して、監視役のアムスデンジュン兵はわずか十数名。

へんてこな民族衣装の、パッとしない風采の兵士は、時折、自信なさそうに行進の脇を駆け抜けて行くだけで、その声すら、アマリリスはほとんど聞いたことがない。

そんな国に攻め込まれ、滅ぼされてしまうなんて、自分達の側に問題があるとしか考えられない。

一言で言えば、不甲斐ない。


やっと砂嵐を抜け出したキャンプで、がまんできなくなって、兄と父に苛立ちをぶつけた。

7つ違いの、普段は非常に温和で理解のある兄が、火のように怒り、アマリリスに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴りつけた。


そんな反応を予想していなかったアマリリスは、びっくりして、

いくつか言い返しはしたものの、すっかり悲しくなり、塞ぎ込んでしまった。


父親がとりなしに来ても、何日かたって、ヘリオトロープ自身がはっきりと仲直りを申し入れてきても、アマリリスは引っ込みがつかず、押し黙ったまだった。




今や彼らの愛情、思いやりすらもが、彼女には憤懣ふんまんの種でしかなかった。

どれだけなだめられ、励まされても、今こんな理不尽な思いをしていることの、

何ひとつ説明にはなっていなかった。


夜空に一面に輝く星だけが変わらず優しかった。

周囲に何もない場所のせいか、村で見るよりも明るく、アマリリスを力づけようとしているように見えた。


アザレア市の彼はどうしただろう。


毛布にくるまり、馬車の荷台で天上の川を見上げながら、ふと思い出した。


ここ3ヶ月ほど、連絡をとっていない。

今になって、無性に会いたくなってきた。

そして、もう生きていないかもしれないと想像してみると、

悲しくて涙が溢れてきた。

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