第33話 長い旅

翌日、村で過ごせる最後の日。

村中の馬車が、出発に向けて荷造りに入っていた。

食料、水、衣類ほか、生活に必要なこまごまとしたものが積み込まれた。

そして高価な家具や装飾品の類。


彼らが再びここに戻ってこれる望みは薄い。

さらに、奇跡的に帰還できたときに、置いていった品物が、そのまま残されている可能性はもっと低いだろう。

特に高価で、換金性の高い品物が選別され、荷台に積まれた。

そういったもので荷台が山積みになり、ギシギシ言っている馬車もあった。


父と叔父の馬車に積まれた家財が、とりとめもなく、がらくたから本当の高級品まで雑多に積まれているのを、アマリリスは不思議に思った。

実はその選別には意味があり、彼らは見た目に派手で、価値の軽重には関係なく、物理的に軽い品物(典型的なのは、金箔と螺鈿らでんに飾られた張り子の像など)を選んでいた。


それらの品物は、引き馬への負担を最小限に留めつつ、いざという時には、砂漠に跋扈ばっこする血も涙もない盗賊から、より貴重な積み荷、慎重に隠された現金や、何よりも彼ら自身の生命を守ってくれる、めくらましとして働くはずだ。

そして願わくば、他の家族に比べて「やや」積み荷を少なく、みすぼらしくすることで、豪華な品物を満載した一行の中では、略奪の対象として、盗賊の興味を引き起こさないかも知れない。


アマリリスの父には、こういう狡猾な一面もあった。


盗賊相手でいえば、彼が一番心配なのがアマリリスだった。

どんな壮麗な都邑とゆうの金銀財貨をかき集めても、神秘の海に眠る珊瑚や真珠も、この娘の美しさほどには、輝くはずもないだろう。

彼は本気でそう考えていた。

タマリスクに入ったら、男装なり、変装を考える必要があるかもしれない。


翡翠のような瞳の少女は、落ち着きなく屋敷じゅうを歩き回っていた。

何かを一生懸命探しているような気分だったが、探すようなものは何もなくて、そのことに苛立ってもいた。


翌朝、出立の時、

真新しい幌の下、からからと乾いた車輪の音を聞きながら、アマリリスは必死に生まれ育った家を目で追い続けた。


今この時、自分は人生の上の、とてつもなく重要な一点にいるのだという確信があった。

ここから一歩踏み出したら、もう二度と元には戻れない、だからーー


菩提樹の枝の向こうに、とうとうその姿が見えなくなったとき、ようやくそのもどかしい思いを言い表す言葉を見つけた気がした。


しかし、また同じタイミングで、先行する馬車からヒルプシムの泣き声が聞こえてきて、彼女の声は引っ込んでしまった。


こうして、いつ終わるとも知れない、長い旅が始まった。

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