第32話 小鳥たちの夢
続く2日間は、出発の準備に明け暮れ、もう感傷に浸っている余裕はなかった。
実際、時間は貴重だった。
移動中、いつ食べ物を補給出来るか分からない。
日持ちのする固パンを山ほど焼いた。
何日も灼熱の砂漠を行くことになるだろう。
馬車の天蓋に取り付ける、新しい幌が必要だった。
アマリリスとヒルプシムの前に、帆布の山が用意された。
アマリリスの家族と、ヒルプシムの家族、つまり彼女の叔父一家がそれぞれ乗る馬車のために、これを2組の幌に仕立てなければならない。
一時間ぐらい黙々と針を通し続け、アマリリスは意を決して声をかけた。
「ピスキィ」
従姉妹はいきなり電流を流されたように、ビクッと顔を上げた。
「昨日はあたしもあたまに来てたの。気にしないでね。」
「ううん、大丈夫。。。あたしも、ワケわかんないこと言って、ごめんね。」
アマリリスの眉間が緩み、にんまりとした笑顔になった。
美人というのはつくづく得な生物だ。
こうして笑っただけで、ドキドキするほどあでやかで、生意気で憎たらしいとか、そういう考えを吹き飛ばしてしまう。
「戻ってこれるよ。
ううん、戻ってこれなくても別にいいじゃない。
あたしたちまだ若いんだからさ、あいつら、どこに連れてく気か知らないけど、
どこでだって暮らせるわよ。
大丈夫。」
「のんきねぇ。
女はハレムに売られるかもって話だよ?
。。。殺されちゃうかもよ?」
「殺しゃしないわよこんなイイ女を、もったいない。
殺されんのは、おにいちゃんみたいな、図体ばっかでかくて口うるさい男だけよ。」
「うっわ、ひどい。」
ヒルプシムが吹き出した。
「ハレムに売られる事になったら、王宮のハレムにしてもらおうよ。
んで、
そうしたら、あたしが女帝じゃない。どう!?」
ヒルプシムはくすりと笑って、
「いいねぇ。
そうなったら、あたしも第二夫人ぐらいにしてもらえるように頼んでね。」
半歩下がったようで、上から見下されたような切り返しに、アマリリスはなにか格の違いのようなものを感じて面白くなかった。
今度はヒルプシムが、アマリリスよりは真面目に取り組んでいた針仕事を放り出し、投げつけるように言った。
「あーやだ、タマリスクも、ウィスタリアも大嫌い。
あいつら、どうせならカメリアにでも連れてってくれればいいのに。
カメリア行きたいよう、リル。」
「行きたいねぇ。
カメリアだと、女も男みたいに大学に行くし、オフィスで仕事するんだって。」
知らない者はいないが、見てきた者もいない、新世界の大国、カメリア連邦は、全てが好ましく、どんな願いも叶う夢の国ということになっていた。
「リルなら、映画女優とかなれそう!どう?」
「うん、さっぱ興味ない。」
「ちょっとは話合わせてよぉ」
二人はずいぶん久しぶりに、心の底から笑った。
その後はすっかりおしゃべりが楽しくなり、夕方になっても半分しか出来上がっていないという有り様で、二人はアマリリスの兄に叱られた。
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