第29話 神様の店じまい

「おそらく、コルムバリア方面のどこか、という話だ。占領軍のやつらも、正確なことは把握していない。

タマリスクに住んでいるウィスタリア人も、駆り集めて追放されているらしい。」


コルムバリア。

カラカシスの南東、遥か昔、偉大な文明が栄えた土地だと聞いている。

それが現在では、獰猛で残忍な遊牧民の盗賊だけが徘徊する空っぽの世界だとは、アマリリスは知らなかった。


「コルムバリアなんか連れていってどうするつもりだ、砂漠しかない所だぞ。」


「それが狙いなのかも知れん。

強制移住の名目で、我々を不毛な土地に追いやり、餓死させる気なんじゃないか。」


アマリリスの父が低い声で話していた。


「畜生、そんなことって。。。」


「タマリスクは瀕死の病人だ。

国民の不満は爆発寸前、いつ国が分裂してもおかしくない。

そんな状態をまとめる、唯一最良の方法は何だ?

共通の敵だよ。


都合良く、とんまな国が二つ、自分のところに転がり込んできた。

タマリスクにとって、アムスデンジュンは同胞だが、ウィスタリアは異教徒だ。

それに、昔から、向こうに行ってえげつない荒稼ぎをするウィスタリア人もいて、タマリスク人の恨みを買ってきた。

格好の生け贄だよ。

次から次へと外国に領土を奪われるのも、パンの配給に4時間並ばなきゃならないのも、みなウィスタリア人のせいだ、というわけだ。


タマリスク国内にいるウィスタリア人を追っ払うことで、国民の不満を逸らせておける。

ウィスタリアをラフレシアからぶんどって、タマリスク人に分け与えれば、こんな小さな国でも、国威発揚になる。

今住んでいるウィスタリア人は、邪魔だ。まとめて片付けてしまおうという算段だろう。


さすがにタマリスク自身が手を下すのは国際的な非難を浴びかねないから、実行役は、ウィスタリア国内にいる民族解放の名目で、アムスデンジュンにやらせるつもりだ。」


客間がしんと静まり返った。

一度に色々な国の名前が出てきて、アマリリスは頭がくらくらした。


「いずれにしても、今は奴らに従うしかない。

状況は厳しいが、希望もないわけじゃない。

こんな気違い沙汰が、そう長く続くわけがない。

いずれ落ち着いて、タマリスクも正気に戻るだろう。

必ず、この国を取り戻す機会もあるはずだ。」


「本当にそうだろうか。

俺には、神様が世界の店じまいを始めたように思えるがね。」


父の向かいに座っていた、三軒向こうの農園の主人が、深い疲労を湛えた声で呟いた。

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