第25話 クーデター (3)
監禁されるものと思っていたが、衛兵に先導されて行ったところは、王宮の中庭だった。
中央の噴水の側に集められた大臣たちは、お互い
中庭を取り囲む建物が、敷き詰められた玉砂利の上に濃い影を落し、影はじりじりと、噴水の縁に迫ろうとしていた。
中庭を取り囲む館の外の通りは、戒厳令のせいで普段のような活気はなく、通行する人馬はあっても、どこかひっそりとしていた。
王族の住まいとはいえ、王宮はとりたてて壮麗な施設というわけではない。
建物の二面は通りにじかに面し、さして高くもない鉄柵に囲まれた外庭には、ウィスタリアのどこにでもある花卉や果樹の類いが植えられているだけだ。
建物は簡素で、ウィスタリアの伝統である、控えめなレリーフの装飾をあしらった石造様式で建てられている。
ただ使用されている石材は美しく、薄い朱や紫がかったウィスタリア特産の石を丁寧に研磨したものだ。
内外のウィスタリア人にとって、あるべき祖国の姿の象徴である、その王宮の壁の向こうから、一斉射撃の銃声が響きわたり、晴れた空に消えていった。
通りに出ていた人々は呆気にとられ、少し遅れて、ざわざわとした騒ぎが起こった。
しかし王宮は、それっきり沈黙したままだった。
国家の守護者の家で行われた恐ろしい事件は、様々な状況証拠から、王宮の外の人々の知るところとなった。
王宮内に監禁されていると思われていたウィスタリア国王も、後に、5月17日のクーデター当日に殺害されていたことが判明する。
クーデターの動きから外れていた陸軍第一軍の高官の一部は、何とか脱出に成功し、東部方面に駐屯する彼の部隊と合流することが出来た。
今や恐怖の町と化した首都では、政府関係者への壮絶な粛清が始まっていた。
大混乱の中で防備を固めた第一軍と、襲いかかる王家の兵との間で戦闘が始まった。
両者とも足並みは揃わず、首都東方の広い範囲に渡って、お互いの損耗だけが加速する内戦が繰り広げられた。
精鋭軍である第一軍が、都市部の富裕層の子息を中心に構成されていたのに対し、第二、第三軍が、主に地方出身者や貧困層によって占められていたことも、同じ国の兵士が殺し合う事態に拍車をかけた。
ウィスタリア政府の機能は完全に麻痺し、自力での統制を断念したラヌンクルス王子は、6月3日、現行憲法を停止、国家主権を放棄し、新しい宗主国であるタマリスクに一切を委ねる。
タマリスク皇帝、サクサティリス・カリブラコアは事態の収拾を命じ、即座に対応が執られた。
その内容に、ウィスタリア人の誰もが震撼する。
ウィスタリア王国と同時にラフレシアの連盟を脱退、タマリスク帝国に帰属したアムスデンジュン藩王国の軍に、ウィスタリアの治安回復を命じるものだった。
ウィスタリアの東、アムスデンジュンとの国境をまたがる五つの街道から、まるで堤防の決壊した河川の氾濫ように、アムスデンジュン軍が押し寄せてきた。
もともとウィスタリアの倍以上の国土を有し、タマリスク帝国からの潤沢な支援も受けて圧倒的な優位にあるアムスデンジュンの兵は、ウィスタリアの、対立し合う軍隊に側面から襲いかかり、国軍も反乱軍もなく、手当たり次第に殲滅していった。
それはもはや、戦争と呼べる状態ではなかった。
一週間のうちに、抵抗する意思のあるウィスタリア軍は一掃され、アムスデンジュン軍は首都を制圧した。
ウィスタリア政府は廃止されてタマリスク帝国の直轄州となり、治安維持には、暫定的にアムスデンジュン軍があたることになった。
こうしてウィスタリア王国は名実共に消滅し、ウィスタリア民族は再び長い苦難の道のりを歩く。
ウィスタリア王家の第一位王位継承者であるラヌンクルス王子の、突然のクーデターの動機と、
一旦は政権の掌握に成功しながら、何のメリットもないと思われる、ラフレシアからの離反、タマリスクの属国化を進めた背景は、現在も諸説あり、謎に包まれている。
当の王子自身は、その後タマリスク帝都で帝国政府に保護されていたが、結局何も語ることなく、数年後のタマリスク帝国崩壊の混乱のなかで、皇帝派の将校によって惨殺される。
わずかな資料に窺える彼の人物像は、潔癖で、理想主義者の側面が強く、またリンデンバウム留学中に、進歩党の若手幹部らと交流を持っていたことが分かっている。
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