第22話 南カラカシス直轄領

首都の広場での騒動は、その後の災厄に関連付いて記憶に鮮明に残っているのに、

実際の災厄がいつ、どのように始まったのかは、はっきりと思い出せない。


ウィスタリア王国の崩壊は、支離滅裂しりめつれつな、しかし周到に用意された計画に沿って進められ、

実際に嵐が彼女の頭の上にやって来たときには、運命はすべて決せられていたのだ。


だからはじめは静かだった。

首都でクーデターがあり、戒厳令が敷かれたとの情報が入っても、ウィスタリア全土に、一般市民の移動禁止令が出ても、

情報としてそれしか入ってこなかったから、漠然とした不安以外に何も感じようがなかった。


父や兄は、子どもたちの不安を増長させまいと、憶測に基づいた言動を避けた。

ただ、村の集会所で、頻繁に大人同士の集まりが持たれるようになった。


村の中を出歩くぶんには支障がなかったから、生活も実質的には変化がなく、アマリリスは普段通り、元気に学校に通い、アザレア市に遊びに行けないことで、友達とグチをこぼし合った。

ー実際にはずっと大きな不安を感じ、迫りつつある危機にも気づいていたが、それについては触れないのが、暗黙の了解になっていた。



大人たち、父や、兄のヘリオトロープは知っているが、

アマリリスのような微妙な年齢の者を含め、年若い者たちには知らされなかったこともあった。


また、大人たちも知らなかった情報が、近隣の村を経由して伝わってくることもあった。

そして奇妙なことに、誰もその出どころを知らないうわさというのもあった。


それらの伝聞は、後になってみれば、どれがデマで、どれが真実を伝えていたのか、一目瞭然に思える。

けれどこの時、本当のことはゆがめられ、穿うがった疑念をつけて退けられ、

最も荒唐無稽な作り話が熱狂的に支持されたりしていた。

きっと、その方が受け入れやすかったのだろう。



6月に入り、状況は一変する。


上旬、ウィスタリアの東の隣国で、同じラフレシア帝国の属国である、アムスデンジュン藩王国の軍が、国境線上のルートから一斉にウィスタリア国内に侵攻してきた。

迎え撃つウィスタリア軍の情勢はまったく聞こえてこなかった。

開戦に際して、またその後も、政府なり軍から指示や情報がもたらされることもなく、

大人達はほぼ終日、集会所での果てしない議論に時間を費していた。


10日のうちに、アムスデンジュンの軍隊が到着し、すずかけ村を占拠した。

外出禁止が言い渡され、学校にも、買い物にも行けなくなった。

2日後、集会所に集められた村民の前で、彼らは「治安維持軍」を名乗った。

外国の軍隊によって、ウィスタリア人は自分達の国家の敗戦を知った。


『ラフレシア帝国 麾下きか ウィスタリア主権王国』は、


『タマリスク帝国 南カラカシス直轄領』


となっていた。


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