第18話 ギンバイカと影法師

アマリリスは農場が好きだった。


朝、山並の上に現れた太陽は、新鮮な澄み切った空気の中を斜めに差し込んで、

ブドウの葉を眩しいほどの緑に輝かせる。


ギンバイカの生け垣を這うカラスウリの、朱色の実にも、レースのような白い花にも、

細かな露の玉がびっしりとつき、日の光を浴びてみるみる蒸発してゆく。


昼、天穹てんきゅうにかかる白熱した火球が容赦なく大地を炙り、

風も止まり、生きるものの活力を奪うような暑さがやってくる。


それでも木々は怯むことなく枝葉を広げ、優しい木陰を作り出す。

静けさの中、古いスズカケの木の根元を流れる小川が心地よい音をたて、

足を浸すと、山から流れてきた水は夏でも冷たい。


夕方、小作人たちが帰り支度を始める頃、

きちんと整えられた麦畑のうねも、

元々ごく淡い紅色の混じった屋敷の石壁も、燃え上がるような赤に染まり、

農道を家路へと歩くアマリリスの影はとてつもない長さに引き延ばされて、牧草地の彼方の薄闇の中に消えて行く。


春には、屋敷の裏手の丘は、アーモンドの花でまるで一面に霞がかかったようになり、

秋には、子供たちまで総動員でのブドウの取り入れがある。

家畜小屋にいる様々な動物ー牝牛にアヒル、つがいのビーグルと子犬たち、など。ーの世話をするのも楽しかったし、

自家用の畑からは、多少の手間をいとわなければ、ウェルウィチア家の2家族7人には多すぎるほどの野菜が、ほぼ一年中収穫出来た。

この畑の日々の世話は、アマリリスと弟のヘリアンサス、従姉妹のヒルプシムの3人の子供の仕事だった。

中でも、アマリリスが一番、植物の世話が上手だった。


自分の周りの何もかもが、アマリリスはとても気に入っていた。


この土地に刻まれた陰惨な歴史を、大地に落ちた無数の血があったことを、

アマリリスは知っている。


多くの犠牲と涙の上に築かれた人生がこんなにも幸せで明るいことに

彼女は満足し、これからもずっと続くことを信じて疑わなかった。

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