第17話 地表に輝く水
豊穣の女神が不在となる季節、冬に飢える人々の伝承に反して、ウィスタリアは年中温暖な、恵まれた土地である。
1、2月の北風は辛かったが、それでも雪が降ることは稀だった。
ウィスタリアの自然の厳しさを語るなら、むしろ冬以外の季節にあった。
夏の高温と、乾燥である。
ウィスタリアに雨は少ない。
南のタマリスクやコルムバリアから張り出す、安定した高気圧に覆われているうえ、国の北側には、大カラカシス山脈が屏風のように連なり、北からの湿った空気の流入を妨げている。
まとまった雨は春のはじめに降るぐらいで、だからその直後、ヌーシアの山開きの時期は、野山は一斉に芽吹き、咲き乱れる花でまるで天国のように美しいが、
その後は一年中、総じて降水は少なく、強い日差しに焼かれた山地の草花は、乾燥に強い種類以外は干からびてしまう。
だから、国土の約6割を占める山岳地帯の多くは、種を蒔いても作物の育たない、苛酷な乾いた土地である。
しかしここ、ウィスタリア中央盆地では、地形のおかげで比較的雨が多いのと、カラカシス山脈からもたらされる湧水のおかげで、年じゅう水に困ることはなかった。
空気の澄んだ日には村からも見える、6000メートルに迫る山々は、夏でも白い雪に覆われている。
山に降った雪は少しづつ溶け、地下の砂や岩の割れ目を通って、何年、何十年もかかって山を下り、
山腹から流れ落ちる滝を集めて急流となり、あるいは麓で湧き出す泉となって、平地を潤した。
村を見下ろす位置にある小高い山に登ると、麓から標高差200メートルにも満たない所なのに、もう荒れ地の様相を呈してくる。
乾燥と高温で木々は葉を落とし、小さな硬い葉、あるいは棘のようになった葉をつける灌木ばかりが目につき、野生の根菜を掘りに来る時でもなければ、あまり楽しい場所ではない。
しかし麓を見下ろせば、見渡す限りの地表に、畑に果樹園、森や牧草地の、それぞれの緑がパッチワーク模様を描き、大小の貯水池や水路の水が、ダイヤの粒のように光っている。
全人口のおよそ8割がひしめき合うこの渓谷地方で、アマリリスの父は広い農地を所有し、輸出用の作物を主に栽培していた。
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