恋花(マドリガル)
第14話 鳳仙花
それから十数年、
早くに母を亡くし、幼い頃は内気で、口数の少なかったアマリリスも、今では利発で活発な、美しい娘になっていた。
強いて言えば、父や兄に溺愛され、弟にも慕われて育ったせいか、多少自分勝手でわがままな所があるのが心配の種だったが、
それも芯では、家族への信頼と愛情、強い思いやりに裏付けられたものである事を、父は知っていた。
山野を埋め尽くす色とりどりの花、輝くばかりの娘たち、
4月、『ヌーシアの山開き』は、ウィスタリアが一年で一番美しい季節の祭りである。
普段は堅実で質素な暮らしのウィスタリア人も、この日ばかりは美しく装い、歌や踊りに興じる。
食料庫が開け放たれ、訪れる者に誰彼の区別なく、ごちそうや酒が振る舞われた。
ウェルウィチア家の屋敷にも、すずかけ村や近隣の土地から親類縁者が集まり、敷地の大きさの割には住人が少なく、アマリリスやヒルプシムが金切り声をあげて走り回ることもなくなった今、普段は静かな屋敷も、笑い声や賑やかな歌が溢れていた。
庭には3台の大きなテーブルが運ばれ、その上一杯に、この日にしか食べられないごちそうが並べられていた。
羊一頭分のシシカバブ(串焼肉)、七面鳥の丸焼き、山盛りのピクルス、アマリリスたちが育てた、春野菜の数々、葡萄や胡桃を練り込んだ菓子パンの山、醸造樽まるごと持ち出したワイン。
集まった人達は、年齢や性別の大まかなグループを作って談笑していた。
例年は学校に通っている年齢の子供同士、男女の区別なく集まるのが恒例だったが、学校も最上級生になった今、もう子供同士もあるまいというヒルプシムの主張で、2人は今年は、嫁入り前の若い娘の輪に加わっていた。
娘たちは庭園の片隅、葡萄の古木の下にベンチがわりの丸太を連ね、車座になっていた。
2人を含めて7人のグループは、必然的に最も華やかなグループであり、最もかしましい集団でもあった。
アマリリスはにこにこしながら、色ガラスのビーズや、小さな鈴で飾られた金色のサンダルを見下ろしていた。
ヘリオトロープに塗ってもらった淡い橙いろのマニキュアが、美しい光沢を帯びていた。
大きな体格に似合わず、細かな作業になると没頭する性格の兄の仕事は、アマリリスが自分でやったときよりもずっと丁寧だった。
かかとを軸にして爪先をくっつけたり離したりしながら、アマリリスは半ば鼻歌のように歌い始めた。
小さなかすれ気味の声は、最初、彼女の周りで喧喧諤諤の大論争を繰り広げていた少女たちの耳には届かなかったが、やがて一人が話の手を止めてアマリリスの方に顔を向けたのを皮切りに、一人ふたりと彼女の声に耳を傾けた。
『
乙女を乗せた小舟は鏡の海を滑る
周極星のあかり、水面かなたの夜明け・・・』
アマリリスは注目されていることに気付かず、子供の独り遊びのように歌い続けた。
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