第13話 海原の人魚

アマリリスの最も古い記憶は、ヒルプシムと一緒に、屋敷の居間で叔父の膝の上に座り、絵本を読んでもらっている自分だった。


「どうして人魚姫は泣いてるの?」


ウェルウィチア家の屋敷には、タマリスク風のサロンがあり、夕食後には、豪華な絨毯の上にミンダースと呼ばれる丸い座布団を置いて座り、お茶を飲んでくつろぐのが、その後も長い間、家族の習慣になっていた。


「どうして泣いているかというとね、ピスキィ、」


一家はこの愛称でヒルプシムを呼んでいた。

アマリリスは、短くリルと呼ばれた。


「どうして泣いているかというと、次の日の朝、太陽が昇ると、人魚姫は泡になって消えてしまうからだよ。

自分が助かるためには、大好きな王子さまを殺さなくちゃいけない。

そんなの、どっちもイヤだろう?

どうしていいか分からなくて、泣いているんだよ。」


「人魚姫、かわいそう。」


ヒルプシムが涙声を出した。


「そうだね、でも大丈夫。ほら、」


叔父は急いでページをめくった。


「心のやさしい人魚姫は、やっぱり王子さまを殺すことはできなくて、朝日が昇るのと一緒に、海に飛び込んでしまった。

でも、神様はちゃんと見ていて、そんな心の美しい人魚姫に魂を与えて、天国に迎えたんだよ。」


「たましい?」


「そう。人魚姫の体は泡になって溶けてしまったけれど、魂はずっと生き続けるんだよ。

魂があるから、人間は誰かを愛することができるし、涙を流す心を持っているんだよ。

人魚姫も人間と同じように、魂をもらえたんだ。

よかったね。」


「うん、よかったぁ。」


ヒルプシムはすっかり元気な声になって言った。

一方、アマリリスは小さな額に皺を寄せて考え込んだ。

そしてさっきのページに戻して指さした。


「人魚姫、泣いてるよ。」


叔父は困った顔になった。


「そうだねぇ、泣いているね。

たぶん・・・」


そこに父が入ってきて、優しく微笑みながら、しかしどこか悲しそうな灰色の目で彼女を見つめ、そっと頭を撫でていった。

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