カラカシス編

第12話 ウィスタリア主権王国

ラフレシア帝国 麾下きか、ウィスタリア主権王国。


ラフレシアの広大な領土の南西の縁、南カラカシス地方に位置する、険しい山岳と、恵み深い渓谷の国である。

人口約30万人の小国であり、ラフレシア本国から見れば、遠く距離を隔てた辺境の国ではあるが、その歴史は、宗主国であるラフレシアの紀元よりも遥かに古い。



かつてこの大陸で最古の文明の一つが、この土地を含む一帯に発祥し、西へ、東へと拡散していった。


人間が紙とペンを持たなかった、遠い昔の粘土板の記録にも、ウィスタリアの名が現れ、不屈の精神と、勇猛な気質を併せ持つ人々の住む土地であったことが記されている。


その後、この土地に刻まれた長い歴史は、

周辺から流入する異民族による、侵略と併合の繰り返しだった。


かつて多くの国家が支配者として現れては消えて行く中、辛うじて民族と固有の文化を維持してきたこの小国は、

前世紀になって北方の巨人、ラフレシアと協定を交わし、幅広い主権を認められた、帝国麾下の自治国として、ここ50年ほどは王国の歴史では珍しい、平和の時代を謳歌していた。


長い動乱の時代を経て、人々は したたかに生きる術を得、各国の中継交易で栄え、周辺国に進出して成功を収める者も増えた。

近年では工業製品の輸出による経済の安定化にも成功している。

その結果、かつては貧しく、育たずに死んでゆく子供も多かったこの国も、

帝国内で見ても高い医療、教育水準を誇る優等国家に変身していた。


その幸運な時代に、アマリリス・ウェルウィチアは生まれた。

首都に近い農村の、裕福な農家の長女として。


広々とした丘陵地に、大小百戸ほどの家が散らばる村は、住民も正確に言えないような長たらしい正式名称もあったが、街道沿いに大きなすずかけの並木があることから、ふつうは単にすずかけの村と呼ばれていた。


ウェルウィチア家は村が出来たときから代々続く、村一番の広い農地を持ち、立派な屋敷を構える名家で、アマリリスは苦労らしい苦労も知らずに育ってきた。


家族は、7つ上の兄、ヘリオトロープと、2つ下の弟、ヘリアンサス、一族の当主である父。

母はヘリアンサスが生まれてすぐに他界しており、いなかった。


屋敷には父の弟の一家も暮らしており、こちらにはアマリリスと同い年の一人娘、ヒルプシムがいて、二人は姉妹で友達のように育ってきた。

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