第11話 トワトワト
トワトワト。
まさか実際にこの地を踏むことになろうとは、思ってもみなかった。
「見てごらん、きれいな夕日だ。」
出港して以来、ずっと穴倉のような船室にこもりきりだったアマリリスを根気強くなだめすかし、父は甲板に連れ出してきた。
「寒いんだけど。」
「本当だ、もう5月だというのに。
だがこの寒さにも慣れないとな、向こうはきっともっと寒いぞ。」
粗末なショールを頭から被り、アマリリスは眉間に皺を寄せて周囲を見回した。
火の点いていないパイプをくわえた、背中の曲がった老人。
右手に握ったぼろ布のようなものを、ずっとこねくり回している深い皺の刻まれた女性。
誰もが、ただそれしかすることがないという理由で、遠い山並みに沈む太陽を眺めていた。
「あの山は?」
「ああ、多分、トワトワト半島じゃないかな。」
「トワトワト半島。。。」
「ラフレシアの東の果てだ。
急峻な山と、深い森がどこまでも続くところだそうだよ。
思えば遠くに来たものだ、
この目でトワトワトを見ることになろうとはね。
こんな詩がある。
”トワトワト”
三面を海に洗われるこの土地、
ツンドラと樹木が寒さと貧しさと悩みの下でうめくところ、
この薄闇の荒野にも生活があり、
そして幸せさえもあるのだ。 ※
厳しくも、なんとも力強い詩だ。
そう思わないか。」
アマリリスも、その半島の名前は知っていた。
教室の壁に掛けられた地図。
咆哮する巨大な獅子の形をしたラフレシア帝国の版図の、
ちょうど尾の位置にあたる、まさに最果ての地だ。
架空の国の名のように、彼女とは一生涯無縁で終わるはずだったその土地が目の前にある。
その荒涼とした山脈を見れば見る程、
彼女の心はここから遠く離れていった。
※引用: 加藤九祚「西域・シベリア」中公文庫
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