第9話 オシヨロフ岬

「この辺りよ。」


斜面の下を、ファーベルは漠然と指し示した。


一見して、何も成果が得られないのは明らかだった。

彼女が食用の貝を拾いに来て、二人を発見した時は干潮で、ボートが乗り上げていたという岩場は影も形もなく、

ここに落ちたら岸に戻るのは不可能だろうと思える、激しいうねりに洗われていた。


ここ、オシヨロフは、岬の中に湾を持つ、変わった構造をしていた。

太古、海底に噴出した溶岩の流れた跡が、後に隆起し、このような地形を作り出した。


ベルファトラバ海に突き出す、大きな(あるいは、トワトワト半島のスケールから考えれば、ごくごく小さな)蟹の前足の形の、大きい方の爪の先端近くに、三人は立っていた。


臨海実験所は湾の最奥部、蟹の爪の又に位置し、湾内の水面は鏡のように静かだったが、

ここでは、外海の荒々しい波がじかに押し寄せている。

ファーベルから見ても、今日は特に波が高かった。


アマリリスは厳しい表情で周囲を見回した。

黒い礫の散らばる岩肌と、まばらに生える枯草の眺めが、斜面のずっと上まで続いているだけだった。


「こっちは?」


アマリリスは右手側に大きく張り出している岩のむこうを指した。


「何もない。。岩場よ。」


アマリリスは足を滑らせながら、岩の塊に近づいた。


「もうすぐ暗くなるしあぶないわ、明日・・・」


「行ってみたいの。」


「。。。」


瓦礫のかけらを2、3個踏み崩し、アマリリスは斜面の上によじ登った。

二人も無言で後に続く。



雲の向こうの太陽が、遠い山並みに沈む頃、岬の上の荒涼とした台地を通って、三人はとぼとぼと実験所に戻って来た。


アマリリスは荒削りの岩を組んで作った舟つき場の壁に腰を下ろし、

既に暗い海を眺めた。


かすかな波音のほかに聞こえる音はなく、

まるで世界は死んでしまったようだった。


「どうして生き残っちゃったんだろ。」


ぽつりと、アマリリスがつぶやく。


ファーベルは涙ぐみ、そっとうつむいた。

ヘリアンサスは目に涙をいっぱいに溜め、

口をへの字に曲げて姉を見つめていた。

その表情は、必死に悲しみに耐えているようでもあり、

何かふてくされているようでもあった。


ずいぶん長いことそうしていて、すっかり暗くなってから

三人はオレンジ色の灯りの点る建物へ入って行った。

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