第3話 声よ戻れ
暗い、広い空間に、大勢の人たちと一緒に閉じ込められていた。
突然、入り口の扉が、左右に開く。
真昼の光が、流れ込んでくる。
人々がどよめく。周囲の人垣が波のように動き、押し流される。
光の中から現れたのは、一団の兵士。
赤い軍服、黒い、羊の毛がもじゃもじゃの帽子。
背後から差し込む光のせいで、顔は見えない。
斜めに抱え持つ銃に取り付けられた剣がギラギラと光っている。
やがて兵士たちは、怒号を発しながら、手近にいる者を手当たり次第に捕まえようと腕を伸ばす。
髪を掴まれた女が叫ぶ。
周囲の人間が女の腕を掴んで奪い返す。
兵士と人々の間で、野犬の闘争のような応酬が始まる。兵士たちが鼻白む。
人々はますます激しく逃げ惑う。大柱の後ろ、聖壇のかげ。燭台が倒れる。壁のイコンが落ちる。
その流れに、木の葉のように翻弄される。
銃が火を吹く。
ばたばたと人が倒れる。
勢いづいた兵士が一気に突進してくる。
人波の圧力に押し潰されるかと思った後、不意に前に空間が開ける。
目の前に兵士の異形があり、白い手袋をはめた手が伸びてくる。
不意に、大きな背中が兵士をさえぎる。
兵士に掴みかかる。相手を押し潰さんばかりの勢いでひざまづかせた所へ、二人目の兵士の銃床が、彼の頭を真上から殴りつける。
糸が切れたように崩れ落ち、額が大理石の床にぶつかって鈍い音を立てる。
その両腕を幾人もの兵士の手が掴み、引きずっていく。
少女は大声を上げて走り出した。
引き戻そうとする数知れぬ手を振り払い、赤い兵士の集団に追い縋った。
わめき、叩き、蹴飛ばしても、もはや誰も彼女を気に留めていない。
わけのわからない怒号と、興奮した早口の応酬が渦巻く。
入口のところで大勢の兵士がつかえていた。
引きずってきた男の大きな体を、そこにいた十数人がかりで頭上に担ぎ上げた。
赤蟻の大群に襲われる甲虫のように、男が空中でもがく。
兵士の手から手へと運ばれ、陽光の下に出たところで、階段の下へ転げ落ちるように消え、見えなくなった。
立錐の余地もない兵士の間を押しのけ、ねじ込み、よじ登る。怒号はここにきて喝采に変わっていた。
視界が開けた。
聖堂の出口から下に延びる、十段あまりの階段も、その下の広場も、赤と黒のまだら模様に埋め尽くされ、
ただ、階段の直下に一ヶ所、ぽっかりと穴になった隙間がある。
その穴を取り囲む兵士がいっせいに銃を持ち上げた。銃剣の反射が空中にいくつもの弧を描き、切っ先が下を向いた。
なんでもいいから、叫ぼうとした。
しかし、舌が凍りついたように、声が出ない。
穴の底に、何か動くのが見えた。
ひときわ大きな歓声があがる。
声が戻った。
同時に、無数の刃が落ちた。
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