ハッピーエンドへ

「カゲノブが捕まったって……どういうことですか!」

 サラは目の前にいるミーティアに向かって叫んでいた。

 「どうもこうもないですよ。俺の伝手で知った事なんですが、カゲノブ君がリチャード・ヴァイデンライヒに剣を向けて捕まった。妹のゾーイ・ヴァイデンライヒがそのことを漏らしたから今貴族の間ではその話で持ち切りです」

 カゲノブが捕まった次の日、貴族会ではすぐにその話が広がった。

 劇団にて一番人気のミーティアは連日、貴の主催する宴会に招待されており、今回の話もそこで聞いたのだ。

 「ただ、少しだけ怪しい話があるみたいなんだ」

 普通であればここまで騒ぎにはならない。

 リチャード・ヴァイデンライヒという男が優秀ゆえにまた一人の愚か者が裁かれる、それだけの話になるはずだった。

 「カゲノブ君が剣を向けた理由が、リチャード・ヴァイデンライヒが人体実験をしていて、それを止めるためにやったという話が出ているんだ」

 誰が話し始めたかは分からない。ゾーイから聞いた話が人づてに広がっていく途中で脚色された話だった。

 されど火がないところに煙は立たない。

 その話を支持するものがいるのだ。

 「人体実験って、それは禁忌ですよ。大公爵家がそんなことは……」

 「心当たりがあるのかい?」

 リチャードが人体実験を行うためにつかう素体。

 それを集めるには絶好の場所があった。

 「いえ、でも……都合が良すぎませんか。孤児院の子供たちなんて。実験だったら、スラムから集めれば」

 「貴族がスラムに行くこと自体は稀じゃないけど、それでもヴァイデンライヒ家が支配するにはあそこは広すぎるよ。ここまで隠し通せていたんなら、スラムの人間は使われていないか、ごく少数だと思った方がいい。メインは別にある」

 明確には言わない。だが言わずとも伝わっていた。

 答えはここであると。

 「……どうすればいいんですか」

 「俺もただ話に来たわけじゃないですよ。絶望をプレゼントして消えるなんて、俺の流儀に反しますし、それにせっかくできた友人を失いたくなんてない。取り戻しましょう」

 「でも大公爵家ですよ」

 「それを裁く存在がいるじゃないですか」

 セイリオス。

 貴族であっても彼は裁くことが出来る。

 「カゲノブは捕まっています」

 だがそれの正体は彼なのだ。

 「解放するんです。囚われた太陽を。力を集めれば不可能ではない。それに、ヴァイデンライヒ家を敵としている存在もいる」

 「……ジュリアス第二王子ですか」

 商会の娘であるサラも話は聞いていた。

 次期後継者は、ウルビスの商の流れを支配する。

 王がノーといえばこの国での商売は不可能となる。

 リチャード・ヴァイデンライヒが第一王子であり、次期後継者といわれているアーサー陣営にいることは知っていた。

 「私個人の気持ちで、アスクウィス商会を掛けることはできないです」

 だがそれはそれ。

 ここで陣営を変えてしまえばどういう結果になったにせよ、アスクウィス商会の未来はないだろう。

 あくまで被害者であり続けるには、無知を装い時が流れるのを待つしかない。

 「なら、俺がやるぜ!」

 ならばと動いたのはあの男だった。

 「……えーと」

 「マークさん?」

 突然出てきた男の名前を、サラが言うまでミーティアは思い出せなかった。

 「カゲノブが捕まっていることは分かった。だが、サラちゃんは動くことが出来ない。んならあいつの兄貴である俺が助けに行くのは当たり前だろう」

 カゲノブが聞いたら全力で否定するであろう兄貴というくさいセリフを吐いたマーク。

 案の定、その場にいる二人からの視線は少し哀れなものをみるものだった。

 「申し出は嬉しいんですが、マークさんにできることはほとんどないかと……」

 「なに!? え? 本当にないの?」

 「あるにはあるんですが、難しいかと」

 「まあ、言ってみてくれ。もしかしたらできるかもしれないだろ」

 一応と、話すミーティア。

 聞いているマークの顔からはだんだんと最初の明るさが消えていく。

 「……まじかぁ。いや、でもやろう! 俺にできることはやる。だから、カゲノブのことは任せたぜ。セイリオスさん!」

 走り去っていくマーク。

 別れ際最後にはなった言葉は劇団でのミーティアの役を言ったのだろうが、もう一つ名を持っているミーティアは少しだけその言葉に驚いていた。

 「セイリオス……そうか、その手もありましたね」

 「ミーティアさん?」

 「サラさん。貴方はカゲノブ君が帰ってくた時に優しく迎えてやってください。それがハッピーエンドのシナリオですから。大丈夫。俺のシナリオは、必ずみんなを幸せにしますよ」

 カゲノブを取り戻すためにミーティアは立ち上がる。

 自称お節介の天使、それが考えたシナリオはハッピーエンドを目指して。


 

§



 その報はジュリアスらの元へも届いていた。

 「おい、捕まったぞ」

 「いやはやなんとも。見込み違いでしたかな。どちらにせよ、繋がりは分からんでしょうし、当初の予定通りになるだけです」

 「不安しかないのだが」

 「はっはっは。何でもかんでもうまくいくようでは敵の掌ということもあります。ここはセイリオスがそれほどの存在だったと思っておきましょう」

 金を毟られるだけ毟られて失敗でした、では怒りよりも不安が先立った。

 ベイリアルはそれをプラスの方向に捉えていたが、ジュリアスはそう楽観視はできなかった。

 「上手くいくか?」

 「これも奴の考えであるやもしれませんし、任せましょう。当初から外れるわけではありません」

 当初考えていた計画は問題なく進んでいる。

 ここでセイリオスを失ったところでこちらに痛みはない。

 「……ふん」

 だが、もしもは考えてしまう。

 リチャード・ヴァイデンライヒという男に対してこれで届くのかという疑問。

 「どちらへ?」

 「少しな。ライアンから遊びを誘われていたことを思い出したのだ。せっかくだから兄弟姉妹全員で遊ぶのもいいと思ってな。お前たちもそろそろ準備を始めろ」

 おそらくアーサーは動かない。

 それでもリスクは減らしておきたい。否、減らしていると思っていたいのだ。

 動いていないものを動かす方が危険であるが、目の届くところにいた方が安心というもの。

 決行の時は迫る。



§



マークは街を駆け回っていた。

 ミーティアから言われた己にできることを成し遂げる、そのための準備をしていた。

 「これあるだけくれ!!」

 「はあ?」

 露店に売っている不細工な仮面。

 形も統一性も不ぞろいのそれを買えるだけ買いまわっていた。

 「何に使うんだよ」

 「おいおい。仮面って言ったらやることなんざ一つだろ」

 「……あんたいい年してんのにマジかよ」

 仮面を買うこと自体は不思議ではない。

 ただしこのエデフィスで子供の遊び以外で仮面を使うといったらただ一つ。

 「俺が有名になっても、ここで買ったってのは黙っといてくれよ」

 とてもいい笑顔で親指を立てて去っていくマーク。

 仮面を売った男には、マークの背中から感じるものはなかった。

 「まあ、誰か止めるだろ」

 商人としての勘が言っていた。あれはただのバカであると。



§



 「集まったぜ。こんだけあればいいだろ」

 「ええ。ありがとうございます。因みにこれどこで買ったんですか」

 「露店でな。ちょうど仮面屋が一軒だけ開いていたんだ」

 集めた仮面を持ってマークはミーティアにあっていた。

 マークに任された仕事は、仮面を買い集めること。

 いくらか資金を渡されたとはいえ、もちろんそれだけで足りるはずもなく少なくない自腹を切ったがカゲノブを救うためならばと躊躇なく使った。

 「んで、俺はどれ被ればいいんだ?」

 「え? マークさんが被るのはないですよ」

 「ええ?! セイリオスの真似するんじゃねえの」

 あれだけかっこをつけたというのにまさかの不参加。

 「するにしてもマークさんはダメでしょう。この街で生活している人が加わっていいことじゃない。貴族じゃないならなおさら。この仮面買うだけでも結構危ないことしてるってわかってます?」

 「う……」

 「マークさんが出来ることはしました。後は俺に任せてください」

 「し、しかしなあ」

 「大丈夫です」

 その言葉と姿が、一瞬だけだがカゲノブにかぶったようにマークは見えた。

 「……頼んだ」

 「ええ。この自称お節介の天使ミーティアに任せてください」

 お節介にしては行き過ぎているような気もしたが、その言葉に嘘はなく、力強いものだった。

 一つ、また希望が増える。

 ハッピーエンドのシナリオ、その始まりが迫っていた。

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