決められた選択
王城にて二つの派閥がにらみ合っていた。
一方はこの国にある貴い血のみで構成された貴族の派閥。
もう一方は戦場にて功績を上げ成り上った、血でなく力を持つ者で構成された派閥。
「おお、アーサー殿下。ごきげんよう。お元気なようで何よりでございます」
「ごきげんようベイリアル。随分と早く解放されたものだね」
「はっはっは。民たちからの願いがありましたからな。陛下の誤解を部下が正してくれたのです」
「父上は間違っていなかったけどね」
「殿下、確かに人を殺すことは悪でございます。しかしそこに正義があればそれは悪ではない。戦争で人を殺すことは悪でしょうか? 否でございましょう。我らウルビスのために死者は礎となるのです」
「君は殺すこと以外できないからねぇ」
「この腕でここまで来ましたのでな。これ以外はどうも弱いのです」
「ならそれだけしていればいいだろう? ウルビスを守る力でウルビスの貴族を殺してどうするんだい?」
「あ奴は間者でしたからな。間をおいてしまえば逃げられてしまう。だからあの場で殺したのです」
「間者、ねぇ……」
「ええ。国にとっての害虫です」
疑惑を向けるアーサーに対してベイリアルは微動だにしない。
「しつこいぞ兄上。ベイリアルの調査に間違いがなかったことは既に証明されている」
「穴だらけだったけどねぇ」
「殿下、何を仰るのです。ジュリアス殿下のご活躍により今回間者を殺すことが出来てたのです。王族であるご自身が、同じ王族であるジュリアス殿下の調査結果を疑うことは品位に関わりますぞ」
「ヴァイデンライヒは違うと言っているよ」
「またそれか兄上。それだからヴァイデンライヒの腰巾着と言われるのですよ」
失笑が起きる。ジュリアス陣営、その中でもつい最近貴族になった者たちだった。その行いにベイリアルは面倒なことになったという顔をしてジュリアスを己から少し離した。
アーサーもまた、彼らの後ろから来ている存在に気が付き、微笑んだ。
「随分と不敬な奴だね。それこそ間者じゃないのかい。君のそう思うだろう、リチャード」
「王族に対する侮蔑にはあたるだろうな」
後ろから来ていたその存在に気が付けなかった。
笑っていた者たちの顔が真っ青になる。
リチャード・ヴァイデンライヒは王族に並ぶ権力者、またある特定の領域では王ですら逆らうことのできない力を持っている。
咄嗟に助けを求める視線をベイリアルに送るも――
「いやはや、リチャード殿が行う必要はありますまい。この私自ら行いましょう」
いくつか、首が飛んだ。
ベイリアル将軍と言えど、ヴァイデンライヒ、そして王族と向かって戦えるほどのものはない。
苦渋の決断、というわけではないが最近貴族となった部下を殺すことによって事なきを得ようとする。
この程度の消費ならば痛くないが、それでも己の信頼に関わってくるためそうそう取りたくはない手段であった。
剣を収めたベイリアルが二人の王子に向き直る。
「さすがはお二人でございます。間者探しのために一芝居討つとは。このベイリアル、全く気が付きませんでした。リチャード殿もこ奴らの逃亡を許さなかった。これだけ優秀な方々がおられればこの国が覇を握るのももう間もなくのことですな」
「そうだねぇ。ま、あんまりここを血で汚してほしくなかったけど」
「申し訳ございませぬ。緊急事態でしたので。ここの掃除は我らが行いましょう。城の者たちに迷惑をかけるわけにはいきませぬ」
「じゃあ、任せたよ。この後の会議に遅れないようにね」
「もちろんでございます」
ベイリアルは部下に指示を出し死体の片づけを始める。
「……くそ」
未だ血を流す死体を見つめるジュリアス。
「どうしたんだいジュリアス。気分でも悪くなったのかい?」
「死体程度なら俺とて慣れておりますよ兄上。芝居とはいえ失礼しましたね」
「あっはっは。いいんだ。これで害虫を殺せるなら安いものじゃないか」
「己の格を堕としてまで行う駆除ではなかったがな、アーサー、ジュリアス。私はこの国の王を支える影の存在だ。立場上は対等であるが、下にはお前たちが象徴となるのだ。あまり己を安く売るな」
「……ご忠告感謝いたします」
去っていくジュリアス。
会議までの時間をベイリアルや側近と過ごすつもりだった。
「厳しいこと言うね」
「あれとて一度はお前に憧れたのだ。私の腰巾着と言われ悔しいのだろう」
「あらら。随分と期待されたものだね。んーでも、まだ時期じゃないし、僕は君の腰巾着でもいいと思っているからね」
「野心は消えたか?」
「いいや、まだあるさ。君を見るたびに強く思うよ」
「ならば良い」
アーサーをみる黄金の瞳は強く期待を帯びており、それを受ける碧の瞳は静かに燃えていた。
未だこの陣営に負けはない。
血も、力も、運も、彼らはすべてを持っているのだから。
§
「何故殺した? こちらで処理すると言えばどうとでもできただろう」
「ヴァイデンライヒがおりました。こちらで殺していなければ、もっと減っていたでしょう。殿下、感情的になりますな。そこが弱いままではいつまでも王座は遠いままです」
「分かっている!」
「分かっておらぬでしょう……」
不機嫌に答えるジュリアスに呆れるベイリアル。
己が謹慎という形になってまで向こう陣営の重要人物を一人消したのだ。
その謹慎もジュリアスの行動のおかげあってか長く続くことなく解かれた。
ジュリアスという第二王子は基本的には優秀なのだ。
アーサーとの差を見てもほとんどが年齢差によるものとベイリアルは見ている。
将軍という立場がある以上、ベイリアルとハニーベールの立場はほぼ対等。
パワーバランスが向こうに傾いているのは、リチャード・ヴァイデンライヒという存在が大きい。
もちろんそれはジュリアスも承知であった。
「あの男をどうにかできそうか」
「難しいですなぁ。リチャードだけであれば私だけでもなんとかできますが、アーネストが加わってくると勝てませぬ」
「あれか……」
学院でのリチャードの模擬戦を見てベイリアルは彼だけならばどうにかなると考えていた。
問題はその付き人であるアーネスト。
「はっきり言って化け物ですな。何度か、超王とぶつかっているところを見ましたが、互角で戦っておりました。生きている時点で私に並び、互角となれば私以上」
己が全力を出してようやく生き延びることが出来た相手に一歩も引かずに戦う姿を見てから、ベイリアルはアーネストが最高の戦士であることを知った。
「あれからすでに一年。私は落ちていくばかりですが、彼は未だ発展途上。この国にいる者では彼に勝てませぬ」
「ならば超王にでもぶつければよかろう。あれも常に強くなり続けている」
「出来ませぬ。その必要がないのです」
「……広げ過ぎがここで効いてくるのか」
ベイリアルの地位を確固たるものとするために、他国から領土を奪っている。将軍であるベイリアルの地位が安定しているのはそのおかげであるが、その領地を治めるために手がかかっている。
ここで新しく他国へ攻め込む必要がないのだ。
「……一人だけ、心当たりがございます」
「何?」
「セイリオスを」
「あれはこちらの敵だろう」
「ゆえに届くかと」
「飼い犬に噛まれる男ではない。リチャードとて支配者としての資質はある」
リチャードは王族ではない。だがジュリアスが支配者として手本としてきたのは父ではなく彼だった。幼き頃、今よりも兄と仲が良かった時に教えられたのだ。
支配者として優れているのはリチャードだと。
実際、今でも学ぶ出来事は多くある。ただ己の敵であるがゆえに彼という存在は認められない。
「家族を相手に取られてはセイリオスとてブレるでしょう。漏れそうであれば殺せばいい」
「試す価値はあるか。監視は誰にさせる? セイリオスとなれば限られるぞ」
「あ奴で良いかと」
一人、本来のプランでの協力者の名を挙げたベイリアル。
「金を毟られそうだ」
「はっはっは。裸になって勝てるなら良いものです」
刻々と進んでいく針。
二人の会話は会議の始めるぎりぎりまで続いた。
§
届いたその指示を見て、随分と面白いことになったと笑う。
「あーあ。便利屋さんじゃないんだけどな。まあ、お金もいっぱい貰えるみたいだし、少し遊ぼうっと」
ここ最近退屈が減ってきていたが、それでも新鮮味が落ちてしまえば新しい刺激を求めてしまう。
今回届いた内容はその退屈しのぎには十分なものだった。
「短い期間だけどよろしく頼むよ、先輩」
黒衣と真白の鞘を持った男はこれから訪れる未来に期待を馳せていた。
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