未だ知らぬ
今宵もまた人が死ぬ。
リチャードからカゲノブに対して貴族の殺害が命じられた。
対象の情報が与えられ殺害に向かう。
「――ひゅ」
空気の抜ける音とともに一つ、死体が出来上がる。
ヴァイデンライヒ家においてカゲノブに与えられた主な仕事はこれであった。
貴族の殺害。セイリオスとしての役目の継続だった。
日中はアーネストと訓練を行うか、一人で訓練を行い統星の力を高めていき、今日のように殺すべき貴族を殺す。
それが続いていた。
時折、リチャードから統星を使っての殺害をするように指示されるが、今のところ一度も成功していない。
未だに統星が体に馴染んでいないのだ。
「終わりか」
同行していたリチャード。
セイリオスという存在をより強くしていくため、そのサポートとして付き添っていた。
巷ではセイリオスに並ぶ存在が現れたと盛り上がりを見せている。
「お前の統星の質はさほど高くない。平均程度のものだ。だが特異性がある。それを使うことが出来ればセイリオスとしての殺し方の幅が広がる」
「殺し方ですか」
「セイリオスに求められるのは貴族の殺害だけではなくなってきている。より美しく、より圧倒的に。ただ殺すだけではいずれ飽きが訪れ、人はセイリオスという存在がただの殺人鬼と気が付いてしまう。そうなる前にセイリオスは象徴とならねばならない。畏怖されてしまえば、一握りのものしか手を出せなくなる」
リチャードがセイリオスと共に現れれる理由の一つがそれだった。
貴族社会では次期王の選定が話題となっているが、市民のほとんどは関心がない。誰が王になろうとも明日の生活が劇的に変化することはない。今日を生きるために、だれが王であるかは彼らにとって問題ではない。
関心があるのはその今日を奪わんとする貴族たちが死んでいくこと。
だがそれにも限りがある。ただ殺していくだけでは刺激は長続きしない。より強く、より面白く。
人は不幸と娯楽に飢えているのだ。
「それをなすために使うものが統星ですか」
「そうだ。大半の者が使えぬ統星は不可能を可能にする。真似はできない、だが憧れを抱くことが出来る存在というものは貴重だ。未来への希望ともなりうる」
「それは……あまり分からない感情ですね」
出来ないことがなかったカゲノブにとってはセイリオスに夢を見る存在というものが理解できなかった。
個人は個人、出来ることに違いはあり、己は真似をしそれを己が使えるようにとアレンジを加えて形にしたものなのだ。全て無から生み出しているわけではない。経験し、考えることでそこまでもっていっている。
「人はみな優秀なまま育っていくわけではない。生活が人を作り、人間との関係がその人間の個性を作り出す。弱者の多い今では、強者になることすら許されない。だからこそ、強者になったものに夢を追う」
貴族至上主義という社会が生み出した世界だった。
生まれた問いから存在する格差を埋めようとすることは上位者が許さない。ゆえに生まれる弱者に囲まれ、強者は牙を抜かれる。
だからこそセイリオスという存在は未だ牙を隠し持っている強者にとって太陽のような存在となる。
牙の抜けた者はそれに耐えきれず焼かれてしまうだろうが、それはリチャードにとっては細事であった。
「上り続ければいい。輝くものがそれに焼かれるものを気にしてはならない。それもまた象徴として必要なものだ」
「……わかりました」
何故それを担う必要があるのかと、疑問は残る。
されどリチャードが言うのであればそれを成すだけ。
生粋の上位者として誕生した彼に、間違いはないのだから。
§
「兄上」
「んー? どうしたのかな」
王城。
第一王子であるアーサーのいる一室にジュリアスが訪れていた。
紅茶を飲みながらゆっくりと一人の時間を楽しんでいたアーサーはそれが終わりを告げたことに少し悲しくなった。
「ここ最近、貴族が殺されていることはご存知ですか?」
「ああ、知っているよ。確かセイリオスとか呼ばれているらしいけど、どんな人がやっているんだろうね」
「おや? 兄上であればその正体も突き止めているかと思いましたが」
「なんでだい? 僕が調べる必要なんてないだろう」
「貴族が殺されているとあって、王族が何もしないのでは醜聞が悪いでしょう」
「あっはっは。随分面白いこと言うねジュリアスは。死んでいる貴族のほとんどがベイリアルの手によって成り上った貴族だろう? 昔は貴族だった、なんてのははだれ一人としていない。元は市民だ。死ぬことに何の問題があるんだい?」
アーサーの言う通り、死んでいるのは元は市民から軍人、そこから成りあがった下級貴族がほとんどである。
一部元から貴族であった者もいたが、それらは前から黒いうわさが流れていた貴族であり、殺されることが当然であった。
「大いに問題でしょう。成り上りとはいえ貴族は貴族。この国と民を支える一員です。それが死ぬことをただ傍観しているとあれば、他国へ寝返る貴族も出てくる。実際、他国に関与したと思わしき貴族がベイリアルによって処刑されています」
「あー、父上の許可を取らないで殺したんだっけ。おかげで今ベイリアルは謹慎だもんね。僕は命令なしに勝手に動いたベイリアルこそ他国とつながっていると思うけどね」
ベイリアル将軍が独断で貴族に行った調査。
歓楽街の中に存在するある店で女性と二人きりでいた貴族が情報を漏洩していたとして殺された。
ハニーベール家をはじめとしたほかの貴族による裏取りが行われるも、貴族も女性も死んでいるとあっては証拠などない。
勿論、殺されたのはアーサーを支持する貴族であり、中でも有力な者であったことから、支持者を削っていることなど容易に分かる。
しかし殺してしまえばその時点で終わり。
一国の将軍ということもあり重罰は難しく、現状は謹慎になっていた。
「この国最強の将軍を疑うのですか」
「うん。だってそれが僕のすることだからさ」
アーサーと対立関係にあるジュリアス陣営にいるベイリアルなど動かさない方がいい。
ハニーベール家をはじめとした貴族たちの声が大きいとはいえ、数で押されては負けてしまう。
貴族という領域において戦えるのはジュリアスとベイリアルのみ。
だが、頭であるジュリアスとベイリアルを封じてしまえば後は貴族世界を知らない成り上がりが集まっている。
王による指名が入るのはアーサーが学院を卒業するその日。
そこまでベイリアルが動けなければ次期王となるのはアーサーで確定する。
(まあ、万が一があっても彼がいるし)
「王座のために国を亡ぼすおつもりか」
「何を言っているんだいジュリアス。僕はいたって正しい選択をしている。考えてごらんよ。ハニーベール家は当代に並ぶ優秀な後継ぎ、ヴァイデンライヒの次期当主も僕が王座に就くことを望んでいる。何より、お前は僕に一度も勝ったことがないじゃないか。敗北者が王になることはありえないよ」
敗北者という言葉にたいしてジュリアスの雰囲気が変わった。
「俺を敗北者だというのか兄上。ヴァイデンライヒの腰巾着といわれているお前が、俺を敗北者だと」
「腰巾着とは久しぶりに聞いたねえ。ベイリアルもよく言ってたけど、まさかお前まで言うとは。兄に対する敬意はないのかい」
「敬意とはそれ相応の存在に払うものだ。先に生まれた程度で敬う理由などどこにもない。それにだ兄上、俺は貴方には一度も負けていない。自分より弱きものに払う敬意など存在しないぞ」
「随分と傲慢だね。なら見せてくれ、お前が勝つところをさ。お前が勝ったなら、椅子に座るのは僕じゃないんだろうね」
「当然だ。兄上のような人間にこの国の未来を預けることなどできない。王には、俺がなる」
言いたいことを言って満足したのか、ジュリアスは部屋から出ていこうとする。
その去り際に。
「兄上、貴方は知らないようだから教えてあげましょう。ベイリアルは本日で謹慎が解けます。多くの貴族から集まった嘆願書の前では父上も動かざるを得なかったようですね」
「そういうところが要らないんだよジュリアス。ならもう一回閉じ込めてやるだけさ」
「出来ますかね? 兄上に」
不敵な笑みを浮かべてジュリアスはアーサーの部屋から出ていく。
「我が弟ながら随分と愚かに育ったものだね。見るべき世界を間違えているようじゃあ、お前は王になるべきではないよ。……さて、嫌がらせでもするか」
アーサーはベイリアル派の貴族の名前が書いてある紙を一枚手に取った。
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