統星
統星。
その存在が認知され使われ始めたのはここ数十年のこと。
人の可能性を広げるその力は今は人を殺すために使われている。
ヴァイデンライヒ家にある訓練所。
そこでカゲノブはその力の一端に触れていた。
「ぐ……」
「流れを意識しろ。お前の使っている統星では全身に力を渡らせていない」
教官のアーネストによって何度も地面を転がっていた。
「もう一度だ」
カゲノブは血の流れを意識する。
統星の力は血液により全身にいきわたる。
満遍なく均等に、少しでも偏るとバランスが崩れ統星が発揮されない。
「いけます」
ここまではできる。
問題は次にある。
「っふ!」
「遅い」
「があっ?!」
「お前のそれではこの先では使い物にならない。集中を継続して統星を発動させろ。この力を使うことによって格上など幾らでも喰うことが出来る。統星と使っているお前は、統星を使っていない俺に勝つことなど容易いはずだ」
戦争の時代。
戦場で統星を用いることは当然のことであり、使えると使えないでは大人と赤子以上の差がある。
統星を使える存在、統星者同士の戦いが勝利に大きくかかわってくる。
先に力尽きる、或いは統星を使えなくなったものが負ける。
求められるのは無意識下での使用。
統星の集中に思考を裂くことなど無駄でしかないのだから。
アーネストの求める基準に、カゲノブは未だに届いていなかった。
「武術に関しては一級品だが、統星だけは素人以下だな。東では教えていないのか?」
「一応、技術としてはあったみたいです。統星じゃなくて気って呼ばれてましけど、俺は後回しにされてて名前しか知らなかったんです」
カゲノブにも統星の才能があったがそれ以上に他の子らの才能が大きかった。扱える統星の総量がカゲノブより多かったのだ。
統星の総量は多ければ多いほど制御が難しい。
暴走を起こしてしまえば、その器が死ぬだけではなく周りにも少なくない被害を及ぼす。
「まだ向こうでは進んでいないか」
「何の話です?」
「いや、何でもない。それよりも休憩は終わっただろう。次、行くぞ」
地面に寝転がったままコッソリ休んでいたカゲノブ。
アーネストと話しながら呼吸を整えていた。
「いきます」
回復した身体。今まで以上に気合を込めてアーネストへ向かう。
少しして、再び地面を転がった。
§
「あれがセイリオス? なんかちぐはぐに見えるね。あんまり国には置きたくない類の人間だなぁ」
「私と同じだ。一つのことに囚われそれに向かい周りを狂わせていく。超王などは喜んで飼いそうだがな」
「へえ、君はともかくあの男はそういう評価を出すんだ。」
「狂っているものが求めるのは狂っているもの。私があれを求めた理由とは少し異なるがな。お前はお前のやり方を貫けばいい」
アーネストとカゲノブの統星訓練を遠くから見ていたアーサーとリチャード。
「あ、また転がされてる。ほんとにアーネスト君は強いねえ。統星の力なしに統星を使うセイリオスを手玉に取っているんだから」
「あれの本質は統星ではない。セイリオスでは幾らあがいても届くことはない域にいる」
「そんなのに相手させるなんて酷いね」
「そうでなければ訓練にならんだろう。師がいなければ変に癖がつく。今後使うためにはアーネストが相手の方が良い」
転がったカゲノブを見ながら話す二人。
アーサーの話す内容はカゲノブを心配するようなものだったが、その口調には焦りはなく穏やかであった。
「お、五回目の転がり」
さながらサーカスをする人間と動物のやり取りを見ているかのよう。
リチャードはもちろんのこと、アーサー含めて誰一人カゲノブの心配をしている者はいなかった。
「アーサー。私達には見えないもののお話はしないでください」
「ああ、ごめんね」
そんな二人を横から不機嫌に見るものがいた。
彼らは訓練している二人からは遠く離れたところで茶会を開いている。
参加者は第一王子のアーサー、第一王女のレイナ、そして舞踏会以降リチャードと面識を持ち交流を続け、今回の茶会に招待されたメリッサ・ハニーベールの四人。
女性陣が未だ流行の続く劇団の話に移ったあたりからリチャードとアーサーは統星の力を用いて訓練を視ていたのだ。
「セイリオス、と言いますと例の貴族殺しでしょうか」
「そそ。ベイリアル派の貴族だけ殺していたし、とりこんじゃおって思って」
「申し訳ございません。ハニーベールである我らが行うべきことを」
「いいよ。弟を止めているのは君のお父さんなんだし、グレーなところは僕とかリチャードがやった方がいい」
「ありがとうございます」
ウルビスの次期王候補。
第一王子であるアーサーにはヴァイデンライヒ家を中心とした血統を重視した貴族が支持していた。
第二王子であるジュリアスにはベイリアル家を中心とした実力主義、成り上りが支持している。
貴族による支配体制を絶対とするアーサーに対して真に実力を持つ者が権力者となるという考えを持つジュリアス。
夢のある話故に市民や下級貴族からの支持が多いのはジュリアスであったが、この国の王座は現国王によって指名された者が座る。
この国の建国に関わったヴァイデンライヒ家の次期当主であるリチャードが付いているのはアーサー側。
選ばれるのは当然、アーサーである。
それを覆そうとジュリアスらは日々策を弄している。
「まあ、結局王座に就くのは僕さ。ジュリアスじゃ無理だし、本当にその考えを通すのであれば、付けるべき味方を間違っている」
リチャードを見て呟くアーサー。
弟はまだ知らないのだ。彼という怪物を。
「そういえば。リチャード、ゾーイの入学式にこなかったと聞きましたよ」
「ああ、来ておりませんでしたね。何かあったのですか?」
その怪物は女性陣に問い詰められていた。
「少しな。外せない用が入ったのだ」
「まあ! 言ってくれれば私が行きましたのに。義妹の晴れ姿ですよ。何故教えてくれないのです」
「……」
教える必要がないだろう、と返してしまえばきっとこの婚約者は怒る。
幾らでも言い訳をして納得をさせることはできるが、非があるのはこちら。
リチャードは沈黙していた。
「レ、レイナ。リチャード様は我らの代わってそれを行ってくれたのです。攻められるのであれば至らなかったこの私です」
「メリッサ、それは違うわ。確かに貴方はそれが出来た。けど、それとリチャードがゾーイを一人にさせたことはお話が違います」
「ご、ごめんなさい」
メリッサが友を止めに入るもあっさりと撃沈。
「すまない。次は必ず伝えよう」
「いいえ、それではだめです。そもそもですね――」
長いお説教が始まった。
「……気の強い女性には弱いのかなぁ」
怒られるリチャードを見ながらアーサーは巻き込まれないように少しだけ距離をとった。
こうなった姉は非常にめんどくさいのだ。
「アーサー、貴方もです」
その考えが届いてしまったのか、矛先はアーサーにも向かった。
茶会がお説教会に変わるまでの時間はすぐであった。
§
エデフィスにおける犯罪率は低い。
高位の貴族や王族のいる首都での犯罪はそのまま彼らの危険へと変わる。
市民や商人、スラムで起きる問題は早急に解決されてきた。
だがそれは警備隊が優れているからではない。
「スラムの人間に罪を負わせる」
「そうだ。貴族が起こした大半の事件がここに住む者たちがやったことにされる。前のように誰の目から見ても貴族が犯人と分からない限りは、こうして首を落としている」
アーネストとともにスラムに来たカゲノブ。
そこで貴族が証言する犯人の特徴に当てはまる人間を殺していた。
もちろん彼らは全く無関係であり、真犯人は別にいる。
「警備隊にいたことがあるんだろう。元をたどればあそこも王家の近衛から派生している。この国は貴族至上主義だ。だからこそお前のようにセイリオスという存在が現れたことが希望と恐怖を与える」
「恐怖、ですか」
「人は金で買える。誰かに罪をかぶせることは容易い。だがセイリオスは確実に殺してくる。偽ったところで、命は守れない。かといって護衛を増やすことも難しい」
「……貴族同士の派閥争いがあるから護衛を増やすことは自白につながる」
「そうだ。貴族は地位こそが絶対とされている。王族とヴァイデンライヒという二強が変わることはないが、その下はまだ獲れる。現状有力なのは国の宰相であるハニーベール家の派閥と将軍のベイリアル家の派閥。お前の殺している貴族の大半はベイリアル派だ」
国を政を仕切るのがハニーベール派閥。
国の軍事を仕切るのがベイリアル派閥。
政治と戦が相容れないものであることは歴史が語っており、この国もその例に漏れず派閥は対立していた。
特にベイリアル派閥の人間たちはハニーベールの派閥に言わせれば少しどころじゃないレベルで頭が足りていないらしい。
因みにそういわれたベイリアル派閥の人間がした返答は「うるせえ馬鹿!」であった。
「じゃあ、ハニーベール家が優勢なんですか」
「そうでもない。戦がある以上、成り上りやすい。ベイリアル派閥は元は貴族ではない成り上りを取り込んで勢力を広げている。知恵がない分、数で差を埋めている」
「成り上り……そういえばアーネストさんも」
アーネストという男がスラムからヴァイデンライヒ家の専属になった話は一時期話題になった。俺もワンチャンあったなぁと酒の席でマークが零していたことをカゲノブは思い出した。
「ああ。少し特殊だがな。俺一代限りの貴族でヴァイデンライヒ家に生涯仕えるという条件だ。お前も望めば貴族になれるぞ」
セイリオスとしてだが、という言葉はあえて言わなかったのだろう。
「……いえ、俺は今のままで十分です」
「そうか」
結局、カゲノブはセイリオスとしてリチャード・ヴァイデンライヒに雇われることになった。
孤児院や警備隊の手伝いは一先ず休むという形をとりヴァイデンライヒ家の護衛に入るという扱いになっている。
周りの人間たちは驚いていたが、リチャードがすでに何か手を打っていたのだろう。必要以上に雇われた理由を聞いてくることはなかった。
特にサラはカゲノブが離れることに関して「頑張ってね」の一言で済ませていた。
いつもの彼女であれば何か言ってくるのではないかと思っていたカゲノブにとってはその反応に対して拍子抜けた。
少し寂しい思いもあったが、会おうと思えば会える。
「終るんですよね」
こぼれたその言葉は、この契約に終わりがあるかという疑問。
「リチャード・ヴァイデンライヒという男はお前にとって最善の結果を導く。今の俺がそうであるように、お前の望む未来は必ず訪れる」
アーネストが答えた。
それは幼き頃から共にいるからこそ分かりうる信頼であり確信でもあった。
あの存在は、ヴァイデンライヒという存在は間違えることは無いのだから。
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