第6話この時間の風は気持ちいい

まだまだ暗い朝四時、俺は目を擦りながら起きる。起きるというか叩き起されたという方が正しいだろう。今日から始まる巫女少女の手伝い生活だが、四時に起床してそこから夕方八時まで働き詰めのハードなスケジュールだった。

とりあえず俺は支度を整え用意された作業用の甚平を着る。薄手で少しだけ朝の冷気が俺の肌を撫でる。


「さぁ、では先ずお掃除から参りましょう」


そう言うと巫女少女は俺に竹箒を手渡してくる。俺は巫女少女と手分けして境内の中の掃除を開始する。こうして掃除をする立場になると至る所に枯れ木や落ち葉がある事が分かる。今まで一人で家を含めた全部を掃除していたと考えるとその凄まじい仕事量に俺は驚きを隠せなかった。


一通り箒でゴミを除去したら次は雑巾を使い、神社の掃除に取り掛かる。手摺から段差、廊下をくまなく隅々まで水拭きをする。早朝6時から全身は汗でびちょびちょで、結構上まで上がってきた太陽が滴る汗を反射させる。

少しだけ清々しく感じたが、直ぐにまた別の仕事を用意されそちらの方を手伝いに行く。

そんなこんなで俺は午前中でほとんど体力を使い果たしてしまった。


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基本的に神社清掃の仕事は早朝と夕方の二回に行われるため昼間は暇らしい。だが、たった二回でも結構な広い範囲の敷地を二人で掃除するので辛いのだ。自分で決めた事なので途中で辞めるなんてもちろん、サボったりするなんてするわけない。それに自分よりも歳が低い者が毎日これを続けているので負けていられるわけが無いのだ。


「とりあえず、お仕事お疲れ様です」


一通りの仕事を終え、自室で大の字に寝っ転がっていると巫女少女がお茶を運んできた。俺は運動不足のせいで全身が痛いのだが、なんとか起き上がり出されたお茶を啜る。


「凄いね、毎日こんなにキツイことしてるなんて」


「そんな事ないですよ。私も最初のうちはキツかったですけど慣れればなんてことないですよ。お客様も一週間もすれば慣れますよ」


『お客様』。今まで対して気にしてなかったが、こっちの世界に来てからまだ一度も名前で呼ばれてない気がする。そこまで気にすることではないのだが、何だか線を引かれて距離を取られているようであまり好きではない。


「その……『お客様』じゃなくて、名前で呼んで欲しいかな」


なるべくキツくならないように優しく語りかける。


「そうは言っても私、名前で呼んでくれる人しか名前で呼び返しませんよ」


少女は少しだけ怒って言う。なるほど、名前で呼んで欲しければまずは自分からということか。ならばと思い少女のことを名前で呼ぼうとするが、名前が出てこない。というかそもそも少女の名前すら知らなかった。


「そう言えば……俺、君の名前知らなかった」


「そうだったんですか!それは失礼しました。私、ミコと申します」


少女は自己紹介すると改まってお辞儀をする。一応俺ももう一度自己紹介をしてお辞儀をし返す。


「じゃあこれからよろしく!えっと……ミコちゃん?」


「はい!よろしくお願いします、ヤマザキさん」


これで少しだけ彼女との距離は縮まったのではないかと思う。異世界からの訪問者である俺はこっちの世界に友達というか知り合いを作ることが困難なのである。今のところ、スケッチブックの少女のシラヌイさんとミコちゃん、そして殺し屋の………。


「ねぇ、ミコちゃん。スイって………」


「スイさんがどうかなされたんですか?」


「いや………その………」


あれだけ言うことを躊躇っていたスイの正体を俺がバラしてしまっても良いのだろうか。そもそも、スイが本当に殺し屋だと決まった訳では無い。しつこく聞いてくる俺を撒く為についた嘘だという可能性だってある。確実な証拠もない上に嘘をバラ撒かれては彼としては最悪極まりない。ここは黙っておくのが賢明なのかも知れない。


「その……スイってどんな人なのかなぁ~って」


ミコちゃんは少しだけ首をかしげて不思議そうに俺を見るが、顎に手を当てて悩み始めた。


「ん~、スイさんはとってもいい人ですよ。不審者みたいな見た目してますけど、根はとってもいい人で街の人たちを守ってくれるんです」


やっぱり怪しいのは見た目だけだったようだ。あの時スイが言ったのは嘘だろう。ミコちゃんとも仲良さげだったし、根はとってもいい人というのは納得出来る。きっと俺から逃げるための嘘だということにしておこう。


ミコちゃんとの話が盛り上がっているとチャイムが響いた。ミコちゃんは自身の頭の上に着いている獣耳をピクピクさせると嬉しそうに玄関の方へ走っていった。俺も気になって跡をついていくと、そこにはスケッチブックを片手に持った少女、シラヌイさんが立っていた。


「あっ、昨日はどうも」


「あー、キミここに住んでたんだね」


シラヌイさんはがっちり抱きついているミコちゃんを優しく撫でながら言う。


「どうしたのユイちゃん?」


「そろそろアレの時期だから練習しようと思って」


「アレか!」


そう言うとミコちゃんとシラヌイさんは外の神社の裏にある山の開けた場所に移動した。俺も暇だったし何をするのか興味が湧いたのでついていく。開けたその場所からは俺が転移してきた場所と真反対に位置する場所で、街の風景を違った角度で楽しむことが出来る。上を向くと太陽がこちらを見下ろしている。この時間帯になると山や丘などの高所にいるととても心地よい風が吹くのを俺は知っている。一度でいいから吹き抜けるこの風に身を任せて宙を舞って見たいなと思う。


「じゃあ準備できたから行くよ!」


シラヌイさんはスケッチブックを開き、その上に自分の手をかざす。何をするのだろうと見守っていると突然、スケッチブックの中から五尺玉が現れた。しかも三つ。シラヌイさんはおもむろにそれを投げ飛ばす。すかさずミコちゃんが自身の周りから青い火の玉を出し五尺玉向かって放つ。

驚いた。俺が初めてあった人の権能は地味な感じだったのだが、今回のは結構ド派手で異世界感溢れる能力だった。それに五尺玉三つを一気に投げ飛ばせる強肩の持ち主なんだなと思っていると見事に火の着いた五尺玉が俺の方へ飛んできた。


「あっ……」


「えっと……え?」


火の着いた導火線は着々と短くなっていく。

これはかなり不味いのでは?俺は慌ててその場から逃げ出すも、間に合わず逃げてる最中に五尺玉の爆風に煽られて宙を舞う。もっと違う方法でこの風の吹く中を舞いたかったと思いながら俺は気絶してしまった。

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