第5話理想を掲げて

『殺し屋だ……』


スイの放った言葉が今でも頭から離れない。

殺し屋。つまり彼は一番最初に俺と出会った時は俺を殺すハズだったのか?もしそうなら今生かされている理由が全くわからない。こうして相談まで乗ってくれた奴なのに殺し屋なんて……。

俺はどうリアクションを取ればいいか分からず固まってしまった。とりあえずもっと詳しく話を聞こうとスイの後を追うがもう見えなくなってしまった。スイには聞きたいことが山ほどあるが今はスイのことよりもやらなきゃ行けないことがある。カメラを持っていた少女に謝ることだ。少女を探すために山を降りる。改めてスケッチブックをペラペラとめくり一瞬だが多くの感情が溢れるシーンを見る。その時の事を鮮明に思い出せるほどによく出来ている。

少女を探すためにこの街で一番情報量が多く、最後に彼女と別れた場所、商店街へ向かった。


八百屋、肉屋、魚屋………多くの店が立ち並ぶ商店街には他にも骨董品店や写真館などがあった。

写真………彼女は確か写真はつまらないと言っていた。俺はディスプレイに飾ってある背景写真やカメラを眺める。どれもこれも高そうなカメラで、写真もよく撮れている。改めてスケッチブックの絵を見ると写真とほぼ変わらない絵であることが分かる。凄まじい彩画の技術、自分には到底マネができないしものすごい努力をしたんだなということが分かる。そんな努力の結晶で描きあげたものに対して俺は酷いことを言ってしまったということを改めて実感する。

早く少女を探して謝ろうと店から離れようとすると、店のドアが開く。ベルの音が響き、中から出てきたのは先程の少女だった。


「あっ………」


「あ、どうも………」


少女は軽く挨拶をするとドアの隣にある看板をいじり中へ戻ろうとする。


「あっ、ちょ、ちょっと待って!」


「はい………」


相変わらず無愛想な態度で俺の声に反応する。


「あの……さっきは……その………ごめん!」


勢いよく頭を下げると少女も少しだけ驚く。

少女は戸惑いながらも俺の頭に手を乗せる。


「別に気にしてないからいいよ」


そう言われて俺はゆっくりと頭をあげる。

俺は手元にあるスケッチブックの中から俺の好きなページを開く。俺が望んでいた理想の一瞬、何度こうなる為にやり直したいと願ったか分からない一瞬。そこには夕焼けを背景に泣きながら笑い合う俺と栞里の姿が描かれていた。


「俺、本当はこの一枚のように引越すことを伝えても笑い会ってまたいつかって言えるような一瞬にしたかった。後悔を持ってあそこに戻るんじゃなくて、土産話を持ってあそこに戻りたかった」


胸が痛い。ちょっとだけ目尻が熱くなる。もう変えることの出来ない過去の理想を今、俺は語っている。昼間の商店街、それも写真館の前で。営業妨害もいい所だが、この気持ちを、この思いを今彼女に伝えなければいけないような気がした。


「『絵は見れなかった物語がそこで具現化される、だから楽しい』。やり直せるかな?この、絵に描いたような理想を実現できるかな?」


少女はスケッチブックを持つ俺の手を上から握る。

その手はとても暖かい。優しい暖かさを俺の手を通して感じさせてくれた。


「過去を変えることは出来ない。けれども、今を変えることで未来を変えることが出来る。だから……」


俺はなんで泣いているのか分からない。安心から来るものなのか、恥ずかしさから来るものなのか。ただ、不思議と悪い気はしなかった。本当は思ってはいけないことなのだろう。だが、俺はこの瞬間に救われたような気がしてしまった。


「きっと、出来るよ!」


今までの無愛想な彼女とは全くの別の顔で。優しさに満ち溢れた満面の笑みで彼女は言った。俺はこれからは見せてはくれないだろうその笑顔をしっかりと瞼に焼き付ける。


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自分の過去と向き合う。その事を決心した俺は今何が出来るかをしばらく考え、神社にいる少女の手伝いをする為に戻った。


「あら?その様子はシラヌイさんの所に行かれたのですね」


百を超える石段を勢いよく駆け登り軽く酸欠になっている俺に巫女の姿をした獣耳少女は話しかけてきた。


「シラヌイ……あのスケッチブックの子か!」


巫女少女は「えぇ」と相槌をすると自身の丈とさほど変わらない大きな箒をで境内の掃除を再開した。

俺は息を整えて少女の元へ行き、少女に頭をさげてお願いをする。


「俺に手伝いをさせてください!」


「き、急にどうしたんですか?」


少女は俺の急な言動に戸惑いを隠せない様子だった。


「俺、自分の過去と向き合うことを選んだんです。今を変えるため、未来を変えるために。今の俺にはこの世界での存在価値なんてない。だから何か手伝えることはないかと思って!」


「えぇ……で、でも………」


今日、俺は誰かの邪魔しかしていないような気がするがそれでも俺は誰かの役に立ちたいと思い少女にしつこくお願いをする。すると俺のしつこさに折れたのか少女は仕方なく了解した。


「先に言っておきますけど、とてつもなくキツイですから覚悟しておいてくださいね!」


「ありがとうございます!」


こうして俺は過去と向き合うことを決意し、改心してこの世界にいる一年と半年を過ごすことになったのだが今の俺はこれから地獄のような日々が待っているとは想像も出来なかった。

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