第4話太陽はいつでも俺たちを見下ろしている

目下に広がるのは先程まで俺がいた街。今は初めてこの世界に来た時にいた崖の上にいる。別に自殺しに来た訳ではなく、広い世界を見て雄大な心を手に入れようとしたけれどもそうはいかないようだ。

風が吹く。とても爽やかで心地よい。このまま何もかも忘れ去ってこの場所で一日を過ごしていたいものだ。が、やはりそうはいかない。一人になりたいが、一人になるとやっぱり思い出してしまう。俺はその場に体育座りをする。俺の世界ではまだまだ暑い太陽もこっちの世界ではそんなに暑くない、暖かい日差しで少しだけ気分が晴れるような気がする。


「よォ、お客人」


呼ばれて振り向く。まぁ、声と呼び方でだいたい誰なのかは検討がつくが、そこに立っていたのはいつもの様にガスマスクとヘッドフォンをかけた白衣で白髪の男がいた。


「なんの用だよ」


「さっきのをたまたま見かけたもんでね。ちーと、気になってな」


やはりこの男の発する音は全く聞き取れない。足音にしろ服と服の擦れ合う音にしろ。男は俺の隣にゆっくりと腰を下ろす。


「まぁ、一応俺も知っちまった訳だし話してみろよ」


「別に、お前には関係ない。つか、言わなくても分かんだろ」


男は権能だかで俺の頭の中を、心を読む。だからこの男に言う必要もない。勝手に覗いてくれれば俺としては楽でいい。わざわざ言う手間も省ける上に思い出さなくてすむ。


「まぁな。でも言って見なきゃわかんないことだってある」


だが、この男はどうにかして俺の口から聞きたいらしい。その理由は全く分からないのだが。


「俺の口から出る言葉なんかよりも、アンタが実際に見た物の方が信憑性が高いんじゃないのか?」


俺は少しイライラしながら言う。

男はそんな俺の態度に少しだけ呆れた表情をする。


「はぁ……。いいか?俺が欲しいのは事情じゃない。確かにお前の頭の中を読み取ることは出来るさ。箇条書きで記された無機質な文字としてな。だが、今俺が知りたいの点じゃなくて線で繋がれた感情だ。筋の通っている、お前の意思がある、『お前』自身の気持ちが知りたいんだ。頭の中にあるごっちゃになった物も一度口に出すことによってそれぞれが意味を持ち、それぞれが繋がって線になる。……だから教えろよ」


男は面倒くさそうに、けれども少しだけ熱情的に俺に語り掛ける。そんな圧に俺は負けて口を開く。

栞里にしてしまった最低な行為、それを償うためにここに戻ってきたこと。けれども償うことも、謝ることさえも出来ずに逃げ出してしまったことを、全てを話した。男はその間は一言も喋ることなくずっと俺の話を聞いていた。そらそうとしてもずっと俺の目追いかけてきながら。


「あの時、ここに来る前の最後に栞里と出会った時俺は彼女に対して酷いイライラを感じた」


「へぇ~なんで?」


「10年間ずっと彼女のことを思ってた。あの日の出来事をなかったことに出来ないものかと。ずっと悩んで悩んで悩みまくって……。そんなんで色んなものを失った。けれども戻ってきてみたらアイツは、アイツは……」


とても楽しそうだった。10年間ずっと自分の悪さについて考えて改善して頑張ってきた。それで意をけして会ってみればアイツは俺以上に幸せで、とても楽しそうで……。そんな生活をしている栞里にイライラを感じた。まるで俺がいなくなったから全てが上手くいったかのように言われているようで。俺の、存在そのものを否定されているようで。だからあの場では俺には逃げてるという選択肢しかなかった。もし、残っていたら栞里に対してもっと酷いことを言っていたかもしれないし、最悪手をあげていたかもしれなかった。


「それで逃げてきたらこの世界に迷い込んじゃって、もう謝ることが出来ないと……」


「そんな感じ……」


男は俺の話を一通り聞き終えると崖下に広がる街を見つめる。

するとふと立ち上がり俺の方を向いて言う。


「なら、答えは二つだ。一つはこのまま逃げる事だな。もう一つは逃げずに自分の過去と理想と向き合うことだな」


過去……理想と向き合う。先程の少女も同じようなことを言っていたな。けれどもいくら頑張ったところで過去は変えられない。過ぎ去ってしまったものを、失ってしまったものを取り戻すなんて10年たった今では無理に等しい。

過去を改変する権能なんてものがあれば別の話だが。


「過去なんて変えられるわけないし、そんな権能なんて俺は知らん」


「やっぱり………。そうなった今の俺には選択肢は一つしか………」


男はなんの躊躇いもなく俺の頭の中を読んでくる。


「だがな、未来を変えることは出来る」


「ぇ?」


「過去と向き合って、理想を掲げそして今を変える。そうすりゃ、必然と未来だって変わってくる」


そう言うと男はどこからともなく先程のスケッチブックを取り出して、俺に渡してきた。


「お前はどんな結末を望んでいた?お前の理想はなんだった?」


ドクンと心臓の鼓動が早くなるのを感じる。少女も言っていたその言葉にまた胸が少しだけ締め付けられるような感覚になる。


「決めんのは俺でも、その栞里ってやつでもない。お前自身だ。なりたい自分、なって欲しかった理想、もう一度ちゃんと見直して考えろ」


そう言うと男は立ち上がり一人で歩き始める。なんの音も立てずに。ただスっと立ち上がっては仕事を終えたかのように後に取り残された俺を気にせず歩き去っていく。


「ち、ちょっと待って!」


男は俺の声に反応して振り向く。


「俺……これから何すればいいのかな」


「決まってんだろ、先ずは自分の事を決めるよりやることがあるだろ」


そうだ。この男のように道を示してくれた少女に対して俺は酷いことを言ってしまった。またも自分勝手な発言で関係の無い誰かを傷つけてしまったのだ。ならばやることは決まっている。


「そうだね。……最後に一つ、アンタ一体何者なんだ?」


「俺か?俺はヒスイ、皆親しみやすくスイって呼んでる」


「そうじゃなくて、急に現れたと思ったら急に消えたり。神出鬼没っていうか、なんて言うか………。一体この街で何をやってるんだ?」


男は珍しく、戸惑いを見せる。

普段は無表情で声からでしか感情を読み取れないのだが、今回はガスマスクで隠されている顔の上からでもその感情を読み取れたような気がした。


「別に対した事じゃねぇよ」


「人のプライバシーに勝手に入ってきておいて今更何を言ってやがる」


俺は少しだけ強めに言うと男は、スイは頭を掻き何かを決心したかのように言った。


「俺はな………」


男は白衣のポケットに手を突っ込む。


「殺し屋だ………」


爽やかな風が吹き抜ける。衝撃的な発言とそれを言い放った彼の冷たい視線が俺の足をここに凍りつかせて、歩き出す彼を追いかけることは出来なかった。





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