第3話絵に描いたような理想なんて
ここにお世話になってから一週間。特に何も無く平凡な毎日を送っている。さすがに自分にも何か出来ることがあるのではと思い、巫女の少女に聞いてみるが自分一人で十分だと言われ何も出来ないままでいる。どこか距離を置かれているような気がする。退屈で何もすることのない無駄な時間を浪費する。
日中は神社を出て街の色んなところに行く。俺たちと同じ人間の姿をしている者も居れば、リザードマンや全身が毛皮に覆われた物、姿は人間だが大きな耳や尻尾が生えた者など色々な人が商売をしたり物を買ったりなどの生活をしていた。異世界というものは魔王とかそういうのがいてもっと殺伐としているものだと思っていたのだが、とても平和で長閑で落ち着いていられる。
そんな俺の異世界街の見学にはいつも付き添いがいる。付き添いというか一方的に付けられているのだが。上や横、後ろからじっと俺を観察してはスケッチブックに何かを描いている。最初は気にしなかったが、ここ一週間ずっと付き纏ってくるのでさすがに気になり、声をかけてみることにする。
「あ、あの~何か用ですか?」
黒髪ショートカットの少女は見た感じ制服っぽいものを来ているので俺と同じ高校生だろう。彼女はそんな俺を見てはスケッチブックに目を落とし何かを描き始める。
「………別に」
無愛想に返す少女。その態度に少しだけ腹が立つ。
「別にって……なんでずっと俺に付き纏ってくるんですか?」
少女はただひたすらにペンを走らせる。
「……特に理由はない」
「理由はないって……」
さすがに頭にきた俺は少女からスケッチブックを取り上げようとする。が、少女はやはり何かを描きながら俺の手をスルッと避ける。俺も負けじと何度も取り上げようとするがその度に避けられてしまう。
「あぁ!もう!なんなんだよ!」
「………出来た」
そう言うと少女は俺にスケッチブックを渡す。
それ一面に描かれている絵に俺は驚きを隠せなかった。ページを次々とめくっても描いてあるものは同じ。その詳細で鮮明な絵に俺は少しだけ少女に嫌悪を覚える。
「なんで……これを……」
そこに描かれていたのは俺の、10年前のあの時のシーン。俺が栞里に酷いことを言ってしまった、逃げ出してしまった忘れたくても忘れられないあの一瞬。お互いの表情まで鮮明に描かれている。黄昏時のあの瞬間の出来事を。
「お前……見てたのか?」
「僕は見てないよ」
「じ、じゃあなんで!」
「知ってる?鏡って本当の自分を映し出すんだよ。写真もそう、見たものを客観的に見たものの事実を焼き付けてそのまま残す」
少女は首から下げているチェキの様なもので俺を撮る。出てきた写真にはなんとも言えない俺の顔が映し出されている。
「僕は写真とか鏡は嫌い。真実しか映し出さない。とてもつまらない」
少女の言っていることは俺には全く理解できない。真実を映し出すから良いのではないのか?それの何が行けないというのだ。実際少女が描いて見せてきたのは俺が栞里に向けて放った言葉によって傷つけられた栞里の姿という事実。それを見せてきて今更何を言っているか理解ができない。
「何言ってんだよ」
「でも絵は違う。絵はその場面の事実を変えられる。だから面白い、楽しい。あったかもしれないifの世界を描き出せる。見れなかった物語がそこで具現化される」
そう言うと彼女はページを次々とめくっては色々な所を指さして俺を見る。全部同じだと思っていた絵は一枚一枚が違った。ほんの些細な違いだがそれでもそれらが与える影響は凄いものだった。笑っている栞里、泣いている栞里、怒っている栞里、楽しそうに話す俺、泣いている俺、絶望している俺………。
その全てに色々な続きが、物語が俺の頭の中で広がっていくのがわかった。
「あなたはどれがいい?」
「………」
「どんな結末を望んでいた?」
「………」
「もう戻ることは出来ない。でも………」
「そうだよ!もう……戻ることなんて出来ない」
なぜだか分からない。彼女のの言葉は俺を救ってくれる。そんな気がしたのに俺は、それを遮ってしまった。自分でも何故そんなことをしたのか分からなかった。
「今さら『もしも』の話をした所で過去がましてや現状が変わるわけない。そんなありもしない理想を見たところで自分の情けなさと虚しさで胸がいっぱいになるだけだ。そんなのは一時的な気休めにしかならない」
言葉が溢れ出す。逃げたい、逃げ出してしまいたい。急に俺の見て欲しくない、思い出したくもない過去を無理やり見せられてパニックになっている。
「お前に……何が分かるって言うんだよ!」
俺は少女に背を向け走り出す。また逃げてしまった。彼女は自身の過去と向き合う機会をくれたというのに、俺はまた目を逸らしてしまった。
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「アイツ、相当ヤバいな」
軽い着地音と共に白衣に身を包んだ白髪の少年が姿を現す。
「相変わらずガスマスクにヘッドフォンだね」
「悪ぃかよ」
「いーや、別に」
少年は去っていった客の方をじっと眺める。
「あの男、僕がせっかく過去と向き合うチャンスをあげたのに無駄にしやがった」
僕は足元に落ちていた小石を蹴り飛ばす。石は勢いよく飛んで行き、ドブの中へと落ちていった。
「嫌だったら関わらなくていいんだぞ」
「それはちょっと……ね?ほら、勝手に過去を覗いちゃった訳だし」
「それは俺が頼んだことだ。気にすることは無い」
少年はおもむろにポケットからティッシュを取り出し鼻をかむ。この時期、花粉なんてそうそう飛んでいないのに五感が鋭いというのは不便なのだなということを改めて感じる。
「じゃあスイくんも付き合ってよ」
「いやだよ面倒くさい。それに、ウチは便利屋じゃない」
「ちぇ」
僕は少年の向いている方とは逆の方にある商店街に向かって歩き出す。
「もうちょっと頑張ってみるからさ。サポートの方は頼んだよ!じゃあね!」
「チッ、手伝うこと強制かよ」
僕はそのまま少年に向かって手を振り、実家へと帰った。
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