第2話畳の匂いはいつでも懐かしい

遠くの山と山の隙間からこぼれる夕陽に目を細める。崖下に広がるそこそこ大きい街には少しづつ伝統が灯っていく。俺も早く家に帰らなきゃなぁと思うが今はそれどころではない。

先程から頭に銃を突きつけられて跪かされている。


「あのぉ……とりあえず、銃をどかしてもらっても……」


「そいつは出来ねぇ。お客人がなんの用で来たのか理由を話してもらわなきゃな」


後ろにたって銃を突きつけてくるやつは声からして俺と同じくらいの歳だろう。


「何の用って……何の用も無いし、そもそもここがどこだか分からないし……」


「!あんたもしかして……ここに来る前に鳥居を潜ったか?」


「え?……うん、まぁ」


そう言うと後頭部にあった感覚がなくなった。恐る恐る後ろを振り向くとそこには長い白髪で右目を隠し、ガスマスクと白衣のようなものを来ている男の姿があった。

男は口に手を当て何かをブツブツと言っている。


「あ、あのぉ……」


「あんた、もしかして旭町の人間か?」


「正確には違いますけど……」


旭町。俺が今里帰りで戻ってきている祖父の実家のある田舎町だ。


「なるほどな、それでここに……」


「あの、そんなことよりここはどこなんです?!俺、突然こんなよく分からんところに飛ばされるわ銃を突きつけられるわで訳わかんないんですけど!」


男は後ろを振り向き歩きだす。


「ついてこい。移動しながら話そう」


俺は言われるがまま、男について行く。やはり俺が先程見た古びた神社も、大きな鳥居もどこにも見当たらずあるのはただの山道。山道と言ってもほとんどけもの道に近い。段差や泥濘をものともしない男とはぐれないように、細心の注意を払いながら何とかついて行く。男はそんな俺には目もくれず首に掛けていたヘッドフォンを装着する。


「あの、それでここは一体?」


「ここは『黄昏』。お客人達の世界からすると異世界にあたる」


異世界?ここが?異世界と聞くともっとファンタジーのような世界を思い浮かべるのだが、景観は俺のよく知る準都会のような街並みで特別、異世界と格付るような物は見当たらなかった。


「なんか普通だな。異世界だからもっと西洋風の建物とか、魔法とかそんなんがあるもんだと思ってたんだけど」


俺達が先程までいた崖(山)を下り、目下にあった街へと足を踏み入れる。ビルや和風系の建物、普通の家など日本でよく見る景色と全く変わらない。本当に異世界かどうか疑うレベルだ。


「ここは東だ。西洋要素が少なくてとうぜんだろ。それに、魔法ならある」


「え?!マジ?!」


魔法があるという言葉に食いつく。やはり異世界といえば魔法。魔法といえば異世界。あまりにも普通すぎる景観のせいで全く持ってこの世界に興味を持てなかったが、少しだけ興味が湧いてきた。


「魔法というか、【権能】だな」


「【権能】?なんだそれ?」


「生まれながらにして誰しもが持っている能力の事だよ」


「それって、俺にもあるのか?」


「さぁな、向こうの世界から来たお前に【権能】があるかどうかは知らん」


ひたすらに男について行くと今度は田舎っぽい雰囲気の場所に移っていた。街灯と言うより提灯が似合いそうな街並みで石畳の一本道がある。その先はちょっとした山になっていて、その先に夜だが昼間のように光り輝く神社が見えた。


「あそこがお前がこれからお世話になる神社だ」


男はこちらを見向きもせずに言う。先程から気にはなっていたが、男の付けているヘッドフォンは俺の使っている超高性能のやつと似ていて外からの音を完全に遮断しているはずだ。なのに俺と会話しているのはどういう事なんだろう。


「気にするな。俺のはそういう能力だ」


「え?!」


声にすら出していない俺の考えを見透かしたかのような発言。と言うよりかは完全に俺の頭の中を読んだ発言だった。


「俺は【権能】のせいで人よりも五感が鋭い。ここにいると耳鳴りがする。だからヘッドフォンをする。だから気にすることじゃない」


男は淡々と話し始める。五感の発達、微妙な能力だな。正直、自分に使えるものとしたらそんなに要らない能力だ。


「悪ぃな、微妙な能力で」


「頭ん中読まないでくださいよ!」


とか何とか話しているうちに神社に続く長い石段に辿り着いた。その石段は俺がここに来る前に見た古びた神社と酷似していて、手入れが施されとても清潔感があり神聖な場所なんだということが目に見えて分かる。

大きな鳥居にも傷や塗装剥がれなど一切なく、綺麗な紅色を放っている。


「あら?スイさんじゃありませんか。こんな時間にどうなされたのですか?」


鳥居を抜けるとそこには巫女の格好をした背格好の小さい獣耳の生えた少女が箒片手にこちらに話しかけてきた。


「それがな、向こうからのお客人でな。ここで暫く匿って貰えないか?」


と言い、男は俺の方に視線を送る。巫女の少女はキョトンとした表情で俺を見つめてくる。獣耳のロリ……。訂正しよう。魔法とかそういうのも含めてやはり、異世界というのは素晴らしい。

男が俺に冷たい目線を送ってくる。そう言えばこいつは俺の頭の中を読めるんだった。だが、口に出さない所は優しさと言えるだろう。


「えっと、山崎習(やまざきしゅう)です。その、なんかよくわかんない所に紛れ込んじゃったんすけど、お世話になります!」


「分かりました。では、こちらへ」


「じゃあ俺はここまでだ。強く生きろよ」


男はそう言うと石段を降り始めた。謎の多い人物で人相も若干悪い人だったけど、最後のも含めて意外と優しい人だということが分かった。次会う時には何かお礼でもしようと思ったけど、多分会う機会なんてほとんどないだろう。


俺は男が去っていった方に軽く一礼し、少女の案内する方について行った。神社の裏手にあるそこそこ大きい家に案内された。外観とは違い、中は隅々までに手入れが施されている。神社の敷地内もかなり広い上に裏手にある住居もそこそこ広い。どこを見ても清潔で汚れが全く目立たない。一体、どれだけの人がここで働いているのだろう。


「こちらになります。」


案内された部屋はとても質素で机と綺麗に畳まれた布団、部屋中に充満する畳の匂いに懐かしさを感じる。

畳に大の字になると祖父の家と全く変わらない感触に安心感を覚える。


「食事の用意が出来たのでどうぞこちらへ」


襖からノックが聞こえて先程の少女の声が聞こえた。俺は起き上がり部屋を出てリビングに向かった。リビングでは先に食事を取り終えたであろう老人がお茶を啜っていた。


「おやおや、あなたが向こうからの?」


「はい、山崎習って言います。お世話になります」


「これは珍しいお客様ですなぁ。ゆっくりしていって下さい」


「ありがとうございます!」


食事をとり終えお茶を啜る。猫舌だということを忘れてて、盛大に火傷をおう。

お茶を飲み終えた俺は先程案内された部屋に戻ろうとすると


「お客様、これから色々な苦難が待ち受けるかもしれませんがどうか強い心をお持ちになってください」


「は、はぁ」


老人の言っていることはよく分からなかった。確かに異世界だから俺のもといた世界とは違うことは沢山あるだろう。だが、そこまで気を使うものという訳でもなさそうだった。

俺は老人の言葉をあまり深く考えずに部屋に戻りそのまま就寝した。

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