アンダーエデン

フェルディナント

第1話

 通気孔から一歩出たとき、そこにあったのは真っ白な世界だった。

 「冷たっ!これは何?」僕は背中のリュックの上に乗る小型ドロイドに話かけた。

 手と同じ大きさくらいの白い球体に目だけ。それが僕の相棒のドロイドIX-02。いくらなんでも名前が無機質過ぎるからと僕は「イクス」って呼んでいる。

 「解析。これは『雪』です」 

 「ユキ?こんなの下じゃ見たことも無かった」

 それにしてもこのユキと言うものは随分と奇妙だ。ただの白い粉のようなものなのにこれほどまでに冷たい。

 オーバーエデンの町並みと変わらないような灰色一色の空から降り落ちてくるその白い物体を僕は手に取って握った。

 冷たさが広がって、次に手を開いたときにそれは水に変わっていた。

 「水に……どうして?」

 「雪とは大気中の水蒸気から生成される氷の結晶です」

 イクスはオーバーエデンのネットワークから不正入手したのであろう情報を披露する。僕たちは教わらなかった情報はすなわちアクセスを禁止されている情報だから。

 初めて触れる概念に、僕は理解が追い付かない。けどその「冷たい」という感覚は僕に強い印象を与えた。

 周り一面はユキに覆われ、それ意外何もない。オーバーエデンはどの方向を見ても壁があったけどこの世界には視界を遮るようなオブジェクトは存在しなかった。

 「本当に広い……」

 リナの声は驚愕に満ちていた。それはそうだろう。オーバーエデンじゃ見たことも感じたことも触れたこともない要素でこの空間は満たされている。

 「警告。気温が非常に低く、このままここに留まると体温低下による死を招きます」

 イクスの無感情な警告は僕たちの思考を現実へと引き戻した。

 「リナ、行こう」

 僕はもう一人の相棒に声をかけた。

 「多分その内どうせ奴らがここに……」

 「いたぞ!あそこだ!」

 僕たちが出てきた通気孔から声がした直後、中から幾条ものビームが飛び出してきた。地面に当たったビームが焼ける音を立てて積もった雪を融かす。

 「ノル!逃げないと!」

 リナが叫び、走り出す。僕も彼女に続いて走り出した。同時にブラスターを取り出すと後ろを向き続けざまに引き金を引く。

 放たれた光線は通気孔から出てきたアーミーの兵士を貫き、糸の切れた人形のように彼らは倒れた。

 後ろからは兵士が追いかけてくるが僕たちの足に追い付けるはずもない。そりゃあD計画で作られた実験体の最後の生き残りである僕とリナの身体能力に特殊部隊とは言えただのアーミーが勝てるはずがないのだ。

 今追いかけてきている兵士たちを倒すことなんて造作もない。だけどどうせ戦っている間に増援が来るだろうし、もしここまで来る間に遭遇したあの兵器なんかとまた鉢合わせたら無事でいられる保証はない。今はソードタイプFの出番はないだろう。

 「どれだけ走れば良い?」リナが聞いてきた。

 いくら通常の人間よりずっと身体能力が高いとは言え、僕らだって有機生命体だ。疲れもするし、エネルギーの補給も無しに行動し続けることはできない。

 僕は後ろを振り返った。いつの間にか後ろは霞んで見えなくなっている。これもこの世界の効果なのだろうか。オーバーエデンではこんなに視界が霞むようなことは一度もなかった。

 それに風が強い。この世界ではここまで風が強いのか。気温の低さと相まって僕の体はどんどん冷えていくように感じた。

 「吹雪になっています」

 イクスが再び警告して来た。

 「フブキ?って何なのさ」

 「降雪中の雪や積雪した雪が強い風によって空中に舞い上げられ、視界が損なわれている気象状態のことです」

 さっぱり分からない。オーバーエデンはこんなに予測不可能で不快な気候じゃなかった。この世界の環境は誰が管理運営しているんだろう。

 「前に穴がある!」

 リナが指した先には壁のような崖に空いた穴がある。奥は深そうで、この雪も防げそうだった。

 「一回中に入ろう!このままじゃこの寒さで死んじゃう!」

 リナが先に飛び込み、僕も後から中に入った。

 穴の中は相変わらず冷えている。それでも外よりはましで、何より雪にまみれることもない。

 「体温が低下しています。暖房器具を用いての体温回復を推奨します」

 「オーケーイクス、ありがとう」

 僕は背中のバックパックを下ろすと中からヒーターを取り出した。起動すると穴の中の気温が一気に上がる。

 リナは一生懸命に両手を擦り合わせていた。茶色いロングヘアーも雪で真っ白になったあと、その雪がこのヒーターの熱で溶けてびしょびしょになっている。

 「手を擦って何をしているの?」

 彼女の行為の意味がわからず僕は尋ねた。

 「摩擦熱。擦ったら熱が発生するでしょ」

 なるほど、頭良い。僕も真似して両手を擦り始めた。

 「不思議な世界だね」

 ここ何分かで感じた感想を僕は一言で表した。

 リナは頷いた。

 「私たちがこれまでの経験で一度も接したことの無い概念。オーバーエデンとは全く違う環境を、誰が管理しているんだろう」

 「ただ生き残りたいだけでオーバーエデンを逃げ出したけど、どうせ逃げるならこの世界の謎も探ってみたいね」

 リナはヒーターに手を当てた。びしょ濡れの前髪が垂れてその表情を見ることはできない。

 「ノル。私たち、どうして生まれたんだろうね」

 「それは……」

 答えようとして僕は何も出てこなかった。

 「D計画の遂行のための実験体として……」

 「そう言う意味じゃない。イクス」

 イクスの説明をリナは遮った。その声は激しいようにも、寂しいようにも聞こえる。

 「……それもこれから見つけれると良いな」

 僕はフブキで真っ白な外を見て言った。

 「僕たちのような''作られた''生き物の生きる意味を」

 

 

 意味深な文調で始まったこの作品。昔考えてたアイデアが甦ったので気の向くままに書いてみました。

 まぁここまででもある程度予測はつくはずですが、背景とかは追々明らかになっていきます。

 気ままに更新していくので良ければ是非読んでください。それではでは。

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アンダーエデン フェルディナント @Rinne0225

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