独白3

 私は、教室から皆が散り散りになっていくのを見計らって、彼女に声をかけました。


「パンが好きじゃないの?」

「パンは好き。コッペパンが嫌いなの」


 私は衝撃で、目眩を覚えました。

 まるでマイナスとマイナスをかけ算したらプラスになるという事を知った中学校一年生の初夏のように、ちょっとした真理に悪戯に触れてしまったような気がして、次の言葉を空中で見失ってしまったのです。


「本当はレーズンパンが一番好きなの。これがレーズンパンだったら食べれるの。レーズンパンだったら、みんなとすぐ、一緒に、縄跳びに行けるのに」


 そう途切れ途切れに言葉を紡ぐ彼女の、コッペパンよりも遠く向こうを見つめた瞳に、スポーティな格好とは不釣り合いな赤みを帯びた儚さに、私は恋に落ちたのです。

 恋に陥れられたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る