芸は命がけ

 そこへ歌声が聞こえてくる。

 ホラインが何かと思い目を向けると、若い男の吟遊詩人がラバーブ(リュート型の民族楽器)を弾き歌っていた。

 歌声はヘタではないが、少し耳につく。おそらくは駆け出しだろう。歌唱にりきみが入っている。


 酒飲みたちは気分の良くなる歌を好むが、押しつけがましい歌は好まぬ。さりとて歌を聞き流されては、商売にならぬ。歌芸うたげいとは難しい。

 にぎわいに店主に雇ってもらえるならば、それが一番良いのだが、たいていは「勝手に歌え」と言われるだけだ。それならまだ良い方で、「迷惑だ」と断られたら、路上で歌う他にない。



 吟遊詩人は調子よく歌っていたが、ピンと一弦ラバーブの音を外した。誰でもわかる、明らかなミス。

 みなが同時に眉をひそめる。


「ヘタクソめ、このド素人! 引っこめ、引っこめ!」


 荒くれが怒声を張って、詩人に向けて木の器を投げつける。荒くれの仲間たちも、「やっちまえ!」「つまみ出せ!」と無闇にあおる。


「出ていかねえなら、叩き出すぞ」


 大男が細い詩人にすごんで迫る。

 ホラインは哀れに思い、荒くれたちを止めに出た。


「暴力はよろしくない。酒がまずくなるだけだ」


 ホラインもまた力自慢の大男。

 荒くれは少し怯んで言い返す。


「何だ、お前は? シラフで何を言いやがる! ヘタクソな歌と演奏! これ以上、人の気分を悪くするものがあるか!」

「それはそうだが、大人げないぞ」

「昼間から酒場なんぞに入り浸ってる分際で、偉そうに人に説教するのかよ!」


 荒くれの背後から「ぶっ飛ばせ!」「お前の拳で黙らせろ!」と無責任な声。それに押されて荒くれは、やぶれかぶれにホラインに殴りかかった。

 ホラインはあえて避けずに受け止める。手のひらで拳をつかみ、放さない。


「本気でやるのか」

「あ、いや、むむ……」


 荒くれは力の差を感じ取り、半歩下がるも、仲間たちが許さない。


「ビビってんのか!」

「やってやれ!」


 他人事だから、どうとも言える。

 荒くれは少し考え、ホラインではなく詩人に言う。


「今日のところは許してやろう。次があると思うなよ」


 そしてすごすご酒の席に戻っていく。

 荒くれの仲間たちは白けてしまい、「ヘタレかよ」「しょうもねえ」と再び酒を飲み直す。

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