芸は命がけ
そこへ歌声が聞こえてくる。
ホラインが何かと思い目を向けると、若い男の吟遊詩人がラバーブ(リュート型の民族楽器)を弾き歌っていた。
歌声はヘタではないが、少し耳につく。おそらくは駆け出しだろう。歌唱に
酒飲みたちは気分の良くなる歌を好むが、押しつけがましい歌は好まぬ。さりとて歌を聞き流されては、商売にならぬ。
にぎわいに店主に雇ってもらえるならば、それが一番良いのだが、たいていは「勝手に歌え」と言われるだけだ。それならまだ良い方で、「迷惑だ」と断られたら、路上で歌う他にない。
◇
吟遊詩人は調子よく歌っていたが、ピンと一弦ラバーブの音を外した。誰でもわかる、明らかなミス。
みなが同時に眉をひそめる。
「ヘタクソめ、このド素人! 引っこめ、引っこめ!」
荒くれが怒声を張って、詩人に向けて木の器を投げつける。荒くれの仲間たちも、「やっちまえ!」「つまみ出せ!」と無闇にあおる。
「出ていかねえなら、叩き出すぞ」
大男が細い詩人にすごんで迫る。
ホラインは哀れに思い、荒くれたちを止めに出た。
「暴力はよろしくない。酒がまずくなるだけだ」
ホラインもまた力自慢の大男。
荒くれは少し怯んで言い返す。
「何だ、お前は? シラフで何を言いやがる! ヘタクソな歌と演奏! これ以上、人の気分を悪くするものがあるか!」
「それはそうだが、大人げないぞ」
「昼間から酒場なんぞに入り浸ってる分際で、偉そうに人に説教するのかよ!」
荒くれの背後から「ぶっ飛ばせ!」「お前の拳で黙らせろ!」と無責任な声。それに押されて荒くれは、やぶれかぶれにホラインに殴りかかった。
ホラインはあえて避けずに受け止める。手のひらで拳をつかみ、放さない。
「本気でやるのか」
「あ、いや、むむ……」
荒くれは力の差を感じ取り、半歩下がるも、仲間たちが許さない。
「ビビってんのか!」
「やってやれ!」
他人事だから、どうとも言える。
荒くれは少し考え、ホラインではなく詩人に言う。
「今日のところは許してやろう。次があると思うなよ」
そしてすごすご酒の席に戻っていく。
荒くれの仲間たちは白けてしまい、「ヘタレかよ」「しょうもねえ」と再び酒を飲み直す。
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