男らしい男

 吟遊詩人はホッと胸をなで下ろし、ホラインに礼を言う。


「助かりました。はぁ、ありがとうございます」

「騒動は好きではない。それだけだ。人前で演じるには、そなた、まだまだ訓練が足りぬようだな」


 ホラインが芸の未熟を指摘すると、吟遊詩人は困った顔で、こう言った。


「ノドには自信があるのです。ただ生来の小心がゆえ、人前でやるとなると、どうしてもヘマをしてしまい……。とにもかくにも場数を踏むしかないのです」

「ははぁ、なるほど。しかし、聞かせる相手はよく選ぶことだ」

「いえ、相手を選んでいては、いつまでも一人前にはなれないでしょう。私にもあなたのような度胸があれば……。どうしたら、男らしくなれるでしょうか?」

「どうしたらと言われても」


 ホラインは返答に困り、ちらりと横のダーバイルを見る。

 ところが彼は、いつの間にか荒くれたちの酒席に混じり、あれこれとホラインの語りをはじめていた。


「おう、お前たち、運が良かったな。あのお方は冒険騎士のホライン様だ」

「冒険騎士?」

「そうともさ。騎士の身分で、夢とロマンを探して歩く、男の中の男だぜ。これまでにホライン様が何をなしたか、ここに語って聞かせよう」


 ダーバイルは好き勝手にホラインを持ち上げて、虚実まぜこぜにおもしろおかしく語り出す。

 それを横目にホラインは、大きな大きなため息をつき、詩人に告げた。


「男らしくなるためには、男らしさを知らねばなるまい。男らしさとは……」

「男らしさとは?」


 身を乗り出す詩人に対し、ホラインはまじめに言う。


「男らしさとは、あえて損をすることだ」

「損……ですか?」

「ああ、損だ。自ら得を捨てるゆえ、世人よひとは何かとほめそやすが、身内にはよろこばれぬ」


 吟遊詩人は落胆を顔に表し、沈黙する。

 そこへひょっこりダーバイルが戻ってきて、口を挟んだ。


「いやはや、旦那のお言葉には含蓄がんちくがありますねえ。オレにも覚えがありますよ。だから、よぉくわかります。いや、ウチのカミさんも男のロマンをかいさぬもので。二言目には、まともになれだ、落ち着けだ。女だからと言っちまえば、そうなんですが」


 酒を飲んで酔っているのか、ダーバイルの口は軽い。酒ぐせの悪い男。シラフの時の恐妻家は影もなし。

 ホラインは彼を気にせず、淡々と話を続ける。


「とどのつまり、男の価値はどこまで損ができるかにかかっておる。何もかもを失って、ただ身一つ、裸一貫になれるかどうかだ」

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