後日談

 男の墓を建て終えたホラインは岩場を離れ、最初に訪ねた集落に帰ろうと思ったが、到着前に日が暮れて、夜の平野で道に迷った。太陽で方角を読み、平野を行こうとしていたのだが、暗くなるのが想定より早かった。

 行きは良い良い、帰りは怖い。星を読んでいた白髪の男がいないので、うかつに先に進めない。方位磁針はあるにはあるが、どうも磁針の動きが鈍く、いまいち精度が頼りない。

 しょうがないから眠らずに休憩しつつ朝を待つ。獣の声が野に響く。


(星の読み方を学ばねば……)


 冒険の旅をするならば、いつも道があるとは限らぬ。目印など何もない夜の山野を歩くこともある。

 白髪の男は三十年も仇を追う旅をしていた。旅人としては、彼の方が熟達していた。



 ホラインは眠らぬままに朝を迎え、また集落へと歩きだす。

 心身ともに疲弊して、着いた時にはふらふらだったが、礼を欠いてはならないと族長に会う。


 ホラインを見た族長は眉をひそめた。


「昨日一日、いったいどこにおったのだ? みなして探しておったのだぞ」

「……白髪の男についてゆき、西の集落を訪ねていた」

「その様子だと、何かあったか」


 族長の顔は険しい。

 ホラインは眠気をこらえて語りだす。


「話せば長くなるのだが……――」



 白髪の男の過去について、また彼の仇について、そして仇が西の集落の族長だったことについて、仇討ちの結果について、ホラインは一からすべて説明する。


「――というわけなのだ」


 だが彼の苦心のなく、語りを聞いた族長はしぶい顔。


「これだからよそ者は好かぬ」

「面目ない。だが、彼を放っておけば、何をするかわからなかった」

「それはわかるが、他に手立てがあったろう」


 族長は言外に、ホラインならば腕づくで白髪の男を止めることができたはずだと、ほのめかす。

 事実そのとおりであった。郷に入りては郷に従えに忠実にならうなら、そうするべきだ。外からの因縁は、ここの者らには無関係。族長殺しが滞在したというだけで、二つの小さな集落にいさかいの種が残る。


「今さらにあなたをどうこうする気はないが、すぐにここを出て行きなされ。しばらくの間、寄りつくでない」

「世話になった」


 ホラインは反論せずに、深く礼して集落を去る。

 族長の言葉はやっかい払いと同時に、彼の身を案じたものでもあった。



 サンの国を後にしつつ、ホラインは寝ぼけた頭で考える。


 彼なりに手は尽くしたつもりだが、結果みな良しとはならなかった。止めれば恨まれ、止めねば恨まれ、世の中にはどうしても、どうにもならぬことがある。もしかしたら最初から関わるべきではなかったのか。時には自分が触れない方が、吉に転がることもある。

 ……結局、何が最善だったか、それは誰にもわからない。思い悩むだけ、損というもの。

 ただ信念は貫いたつもりである。人はただ明日を見て生きる他ない。

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