皇女の悩み
その夜のこと、ホラインは部屋を抜け出し、屋敷の中を見回った。寝ている間に何事かあってはならぬと警戒したのだ。
しかし、屋敷はシンと静かで、物音一つ聞こえない。とりこし苦労だったかとホラインは息をつき、念のため屋敷の外も見て回る。
月のきれいな静かな夜、やはり何もなくホラインが帰ろうとすると、屋敷の前にギンビヤが立っていた。
「キンビヤ様、こんな夜中にどうされました?」
ホラインがたずねると、ギンビヤは同じ言葉を彼に返す。
「ホライン様こそ、こんな時間に」
「ふと目がさえたものでして」
「私も同じです」
「夜更かしは体の毒です。早くお休みになってください」
ホラインは優しく言うも、ギンビヤは従わない。
「ホライン様、どうしても私の騎士になってはいただけませぬか?」
「なりませぬ。高貴な方に
「そうですか……」
断じて動かぬホラインに、ギンビヤは憂い顔。
どうした事かとホラインはいぶかしむ。
「この屋敷の者たちは信用ならぬとお考えですか?」
「信用したいと思っております。しかし、どうしても不安なのです」
「何を恐れておいでなのです」
「あの。それは」
彼の問いにギンビヤは一つ二つためらうも、三度目にして語りだす。
「身の危険を感じるわけではありません。ただ野心の有無をはかりかね、恐れております」
「野心とは?」
「亡国の皇女という肩書きは、まさに呪いでございます。平穏無事に暮らしたいとお考えならば、このような身分の者を迎えようとは思わぬでしょう。また私の従者たちも、私に皇女としてのふるまいを求めます。みな野心を隠していると思えてきてなりませぬ」
ギンビヤが気弱にもらした泣き言をホラインは心かたくなに聞き流す。
「貴人には貴人の務めがございます。亡国の再興かなえば、ギンビヤ様は名実ともに
「誰がそれを望んだのですか? 富も権威もなくして生まれ、村娘と変わらぬ育ちでありながら、ただ貴人の宿命だけを負って生きろとおっしゃるのですか?」
静かだが悲痛な彼女の訴えに、ホラインは驚いた。
「貴人の身分をお捨てになると?」
彼は今まで貴人とは貴人である事、それ自体を誇るものだと思っていた。ホラインとて騎士であり、田舎貴族の五男であり、平民とは違う自覚を持っている。
騎士として騎士らしくあらんとする彼の思いは、生まれこそ貴族ながら、決して貴族になれぬがゆえの代償なのかもしれなかった。
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