ブライにて
馬車の揺れが収まるとアルビサールは目を覚まし、ホラインに問いかけた。
「なぜ私を殺さなかった。戦場で情けをかけるは愚かなり」
「見えを張るな。矢の雨も砲火もなくして戦場か? ただ盗賊がキャラバンを襲ったに過ぎぬ」
「本物の戦場を知っているのか」
「くだらない」
肯定も否定もせずにホラインは吐き捨てる。
その後ホラインと若旦那は、都の衛兵にアルビサールを引き渡す。
さて誰がしとめたという話になり、ホラインはこう答えた。
「傭兵たちの働きです」
よどみなく真相をごまかしたホラインに若旦那は驚くも、アルビサールもまた何も語らなかった。
「では賞金の話をしましょう」
アルビサールは衛兵たちに連行され、衛兵長が賞金の手続きをはじめようと口を開くと、ホラインはアルビサールの剣を置き、何も言わずに立ち去った。
賞金は傭兵たちの雇い主の若旦那に渡される。
その金は傭兵たちの手当てとして山分けされるが、どういうわけかホラインは受け取らなかった。
日も落ちて、祝い酒に浮かれて騒ぐ傭兵たちとは反対に、ホラインは遠くを見つめてばかりいた。
若旦那は心配し、どうしたのかとホラインに聞く。
「ホラインさん、浮かない顔でどうされました?」
「質屋の若か。何でもない」
「それは何かある人の口ぶりですよ」
「騎士とは因果な仕事だと、今さらながら思っただけだ」
「因果とは?」
「アルビサールの言うとおり、騎士はしょせん人殺し。道義を語るも愚かだろう」
「世の中そんなものでしょう。
「そうだなあ。戦のない世を望むばかりだ」
ため息ばかりのホラインに、若旦那は首をかしげる。
「ホラインさんは従軍の経験が?」
ホラインは無言で首を横に振り、ぽつぽつと過去を語る。
「旅先で小国どうしの戦があった。双方の憎しみは深く、村をいくつも焼くほどだった。やがて両国はとも倒れ、それぞれ別の大国に併合された。今もまだ憎み合っているという」
「まあよくある話です」
「一人二人はどうにかなっても、大軍の前には剣も虚しいものだ。どれだけ腕が立とうとも、一人きりでは戦えぬ。アルビサールを討ったのも私一人の手柄ではない」
「私も終戦後の荒れ果てた都にて商売をしたことがありますが、何とも言えないものですよ。
「そうだなあ」
若旦那の言葉にも、ホラインは気のない返事を繰り返すばかりだった。
◇
翌朝にキャラバンは改めてフェズに向かう。
ホラインの顔は晴れないままだった。
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