第6話
「——申し訳ないんだけどね」
わけが解らない。
私は一人夜の街を歩く。
いつもはうるさいはずの雑踏もなぜか今日は静かだ。いや、私が雑音を聞きとれないくらいに動揺しているのか。街は私に起こったことなど知らない顔で、今日も呼吸している。
定時になり、会社を出ようと準備をしていたときに不意に社長に声をかけられ、社長室に連れ込まれて言われた言葉が、頭の中で響く。
「狭山さんの契約は今年度いっぱいということにさせてもらいたいんだよね」
人当たりの良さそうな顔のしたハゲ面の爺は申し訳なさそうに眉を曲げて、そう言った。
私が今の会社で勤められるのは、今年度いっぱい。
一言で言えば、派遣切りだった。
当然、私は抗議した。せめて、もう一年置いてもらえるように頼んだ。
だけれど、社長は最後まで「申し訳ないんだけど」という言葉を引っ込めなかった。
なんだんだ、これは。
いつまでも派遣社員として働けるわけではないと解ってはいた。私は高卒で学歴があるわけでもなければ、何か専門的な資格を持っているわけでもない。だけれど、契約を切られるほどのミスを犯したことはないはずなのに。
しかし、同時にこうなる予感がなかったわけではなかった。自分より一年先輩の女性社員が去年、退職した。自己都合という体にはなっていたが、実質的には切られたのだろうという話だった。その先輩はとろくて、お世辞にも仕事ができるとは言い難い人だった。だから、可哀そうではあるが仕方がない。そんな風に思っていた。
その順番が自分に回ってきただけ。簡単に言えば、そういうことになる。そうなる予感がなかったと言えば嘘だが、それでも想像することと、実際に現実を突きつけられれることとの間には天と地ほどの差があった。
どうしたらいい?
次の就職先を探さなくてはならない。だが、学歴もなく、まともな経験も資格もない自分を雇ってくれる適当な会社が果たしてあるだろうか。
そのとき、不意に足元がふらつき、私は思わず、近くにあった壁にもたれかかった。ざらざらとした質感のコンクリートが掌に突き刺さる。鈍い痛み。私は顔をしかめる。だが、私はその壁に手をついたまま動けなくなる。このまま、ずっとこの痛みを返してくる壁にもたれかかっていれば、前に進まなくても良いのに。
私は肺から重たい空気を吐き出す。その空気は、黒いヒールにかかって消えた。
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