第2話

「おう、まなかじゃん!」

「やった、まなかちゃんに会えるなんて超ラッキー! 来たかいあったぜ」

「ええ、嬉しいー」


 まなかは群がる男たちに昔から変わらない愛想を振りまいていた。

 同窓会の会場は、どこにでもあるような居酒屋だった。洒落ているわけでもなければ、大きな会場というわけでもない。まあ、高校の同窓会程度なら、こんなものか。ただ、幹事を務めた男は、それほど気の利いた男ではないなとは思った。

 挨拶もそこそこに乾杯の音頭が取られ、そこからは各自自由に飲むという形になった。予想通り、まなかの周囲の席は男ばかり。わざわざ、椅子を持ってきてまで彼女の近くに陣取ろうとする男まで現れる有様だ。


「………………」


 だけど、この男たちは、まなかが今やっていることを知らない。この女は毎日、どこの馬の骨とも知れない男どもに抱かれて、それで金銭を稼いでいるのだ。自分たちが誉めそやす女は、すでに汚れきっているという事実をこの男どもは知らないのだ。

 そんな風に考えると、少しばかり気は晴れた。水でも混ざっているのではないかと思うくらい薄くて味気のないビールも、少しはおいしく感じられるというものだ。


「茜は今何やってるわけ?」


 隣に座っていたかつての級友が、突然こちらに話を振ってくる。彼女は本当に今の私に興味があるわけではなく、ただ、話のネタにしたいだけというのは見え見えだったが、私はそんな思いはおくびも出さずに答える。


「広告関係」

「え? 広告?」

「何? あれ? 電通とか?」


 私は笑って答える。


「そんないい会社なわけないじゃん。しがない中小だよ。言ってもわかなないと思う」


 私の言葉に彼女たちは顔を見合わせて言う。


「えー、でも、中小でも広告はすごいよね」

「そうそう。広告ってなんかお洒落なイメージ」

「そんな大したことないって」


 ――本当に大したことはないのだ。

 これは謙遜ではない。私が勤めているのは、広告会社と言っても、スーパーやホームセンターのチラシを作るのがメインで、地方の小さなイベントのポスターの受注があれば、それが一番華やかな仕事扱いの本当にしょぼくれた会社なのだ。

 しかも、私はそこの正社員ですらない派遣社員だ。やっている仕事も、簡単な事務仕事と書類、備品の整理、そして、お茶くみが関の山。広告のデザインに携わったことなど、ただの一度もないのだ。

 なぜこんな仕事をしているのか。そう思ったことも一度や二度ではない。だが、これくらいしか就ける職がなかったのだ。バカ高卒の女ではこれが限界だったのだ。

 でも、実際は、そこまで悲観的に考えているわけではなかった。こんな生活を一生続ける気など、さらさらない。私は女だ。適当なタイミングで、適当な男と結婚してしまえば、それで終わりだ。今は、その適当なタイミングが来るのを待っている時間に過ぎないのだ。

 そういう意味では、この同窓会は一つの機会なのかもしれないとは思っていた。自分と同じ馬鹿高校出身の男どもが、出世頭になっているとは到底思えない。いや、そもそもほとんどの男はまだ大学生か。だが、そんな男ども中でも少しはましな奴が居る可能性というのもゼロではない。一応、確認しておいても損はないだろう。

 私は適当な男に声をかけようと周囲を見回す。だが、どの男も誰かと話に花を咲かせているようで、手持ち無沙汰にしている奴は一人も居ない。

 ……いや、一人だけ居た。

 あれはない。

 すぐにそう思った。

 一番端の席に座り、特に誰と話すでもなく、前に置かれた枝豆を黙々と食べている。それでいて、まるで肉食獣の檻に投げ込まれた草食獣のように小さく背を丸めていた。

 確か名前は長谷川だったか……?

 名前もうろ覚えだ。それくらいに影の薄い男なのだ。高校の時から変わっていないと思しきダサい黒ぶち眼鏡。チェックのパーカーに、小奇麗なジーンズ。私服を見るのは、おそらく初めてだが、センスは微妙だ。おそらくはこれでも、この男なりのお洒落なのだろうが。

 長谷川など放っておいてもよかったのだが、それ以外の男子となると、ほとんどがまなかの側に居た。残りのメンバーも大なり小なりグループを作っている。

 ……まあ、暇つぶしくらいにはなるか。

 他の適当な奴が空くまで位は、相手をしてやってもいいだろう。私はグラスを持って、空いていた長谷川の隣に移動する。


「隣、いい?」


 私は一応そう聞いてやる。だが、返事を聞く前に、隣の席に腰掛けた。

 長谷川は戸惑いの色を浮かべる。なんで私が自分のところにやってきたのか理解できないというような顔だ。わざわざ相手をしてやるのだ。もう少し嬉しそうな顔くらい作ってほしいものだ。

 私は口を開く。


「長谷川だよね?」

「あ……ああ、うん」


 長谷川は、すこしどもりに気味に返事をした。そう言えば、こいつはこんな男だったような気がする。


「どう、楽しんでる?」

「うん。楽しいよ」


 嘘つけ。

 私は心の中で毒づく。端っこで一人縮こまって、枝豆の皮をいじるのが楽しいだなんて、よっぽどの趣味だ。

 なんだか、一気に熱が冷めてしまった。なぜこんな男に声をかけようと思ったのだろう。私も私なりにこの会場の空気に当てられていたのかもしれない。これなら、席で一人で飲んでいた方がましだった。

 適当なところで切り上げるかと思っていた矢先だった。


「あ、長谷川君! どうー、元気?」


 まなかは先程の男どもの相手が一段落ついたのか、色々なテーブルを回っていたようだ。その流れで、まだ言葉を交わしていなかった長谷川に声をかけに来たようだ。


「あ……芹沢さん……」


 ――なんだよ、こいつ

 先程まで伏し目がちだった顔にあからさまに光が差す。まるで教祖から直々に言葉かけをもらった信徒みたいな表情で、長谷川はまなかを見つめていた。

 面白くなかった。こんな男のことなどどうでもいいし、関わりたいとも思わなかったが、こうまで露骨に態度を変えられるとさすがに腹が立った。

 私は席から腰を上げる。


「まなか、ここ座りなよ」


 私はそう言って、その場を後にする。

 こんな不快な思いまでして、この場にいる必要はない。

 私は元の席に戻り、話を始めた長谷川とまなかの方に視線をやる。長谷川は先程、私と居たときとはまったく違った明るい笑顔でまなかの方を見ていた。この男にまなかが働いている店を教えてやれば、きっと喜ぶだろうな。そんな下種な想像をする。

 この後は適当に他の人間と会話をしている内に、同窓会はお開きになったのだった。






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