世界で一番嫌いなトモダチ
雪瀬ひうろ
第1話
「ごめん、遅れちゃった!」
私はスマホの画面から顔を上げる。
そこには息を切らして、こちらを見ている一人の女。
「遅いわよ、まなか」
私は苛立ちを隠すことも忘れてそう言った。彼女は待ち合わせの時間に二十分も遅刻してきているのだ。これくらいの態度を取る権利はあるだろう。
「本当にごめんね!」
叱られた小型犬のような顔で、まなかは、もう一度謝罪の言葉を述べる。彼女はきっとこうやって謝れば、何でも許されると思っている。少なくとも彼女の容姿なら、大抵の男は頬を緩めて言うだろう。「別に気にしなくていいよ」と。
彼女のそういうところが昔から気にくわない。少しかわいいというだけで異性からちやほやされる。彼女は愛嬌があるタイプの美人だから、同性からの受けも悪くない。その優れた容姿一つでこの世界を渡り歩いてきた。芹沢まなかという女はそういう女だ。
「ごめんね、ほんとに。今日は早上がりさせて、店長に言ってたんだけど、急にどうしてもっていうお客さんがついちゃって。あ、私もコーヒーひとつ。ホットで」
彼女はそう語りながら、淡いピンク色のコートを脱ぎ、私の向かいの席につく。そして、やってきた店員に素早く注文を済ませた。
彼女が働いている店はいわゆる風俗店だ。ピンクサロン……とかいう業態らしいが、詳しくは知らない。聞きたくもないと思ったからだ。不特定多数の男に身体を許すなど、私には到底考えられない。この娘は一体何を考えているのだろう。
だが、同時に風俗という仕事はこの娘にお似合いだなとも思う。彼女とは高校入学以来の付き合いだが、当時にもその片鱗は現れていた。
男を手玉に取るのがうまい。彼女がちょっと困った顔をすれば、クラスの男子はすぐに駆け寄ってきた。彼女の頼みごとがすげなく断られた場面を、私は見たことがない。すべて、彼女のもって生まれた容姿が為した技だ。そういう意味で言うなら、男を悦ばせて、金を得る風俗という商売はある意味天職と言えるのではないだろうか。
運ばれたコーヒーに口をつけてから、彼女はにこにこと楽しそうな笑みを浮かべながら語り始める。
「今日のお客さんは、常連客さんばっかりじゃなくて新規さんも居たんだけど――」
「ねえ」
私は彼女のその言葉に割り込む。
「あなたのお仕事の話はここではやめてくれないかしら」
私はそう言って、視線だけを周囲に向ける。
「ほら、ここには人の目もあるし……ね?」
「あ、ごめん」
彼女は素直に謝った。
別に彼女が自分を汚らわしい女だと吹聴することは構わない。けれど、彼女と一緒に居る自分までもが同類のように思われることだけは我慢ならなかった。私は彼女のように安い女ではない。
私はちらりと時計を見て、自分のカップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干して言った。
「そろそろ、会場に向かった方がいいんじゃないかしら」
「あ、そうだね。本当にごめんね、私が遅刻してきたせいで、ゆっくりお話しできなくて」
「別に会場でもできるでしょ」
「まあ、そうだね」
私たちはこれから高校の同窓会へと足を運ぶ予定だった。卒業以来になるから、かれこれ三年ぶりということになる。まなかの発案で、同窓会に向かう前に待ち合わせをして、二人で会場に向かうということになっていたのだ。正直、同窓会に出席するかどうかは迷った。別に行くのが嫌なわけではないが、特段会いたい相手が居るわけでもない。だが、まなかが「せっかくだから」というので、仕方がなく出席することにしたというのが本音だ。そういった事情もあったので、彼女が遅れてきたのには、より腹が立ったのだ。
「じゃあ、行こうか。」
そう言って、彼女は伝票に手を伸ばす。
「遅刻してきちゃったから、ここは私が奢るね」
……私は彼女のこういうところが気にくわないのだ。
私は「ありがとう」と適当な感謝の言葉を述べて席を立つ。
彼女の座っていた席には、まだ湯気を立てているコーヒーが残っていた。
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